[FT]長期金利が低いナゾ 各国財政、債務膨張で脆弱に
インフレがこれほど再燃しているのに、長期金利はなぜ何カ月もほとんど上がらないのか。現在の世界経済の大きな謎だ。
これまでアナリストは、この奇妙な市場の振る舞いについて、新型コロナウイルスのパンデミック(世界的大流行)が再び悪化する恐れがあること、中央銀行(中銀)が大量に資産を買い入れていること、あるいは何より、現在のインフレ率の急上昇は一時的であるとの見方が強いこと、などが原因だと説明してきた。
最近の統計をみると、どれも説得力に欠ける。だが1つ、筋の通る説明が存在する。それは、世界が「債務の罠(わな)」に陥っているというものだ。
過去40年で世界の国債残高は3倍以上に増加し、全世界の国内総生産(GDP)の350%に達した。中銀が金利をゼロやマイナスまで引き下げる歴史的な緩和措置をとったため、マネーが株式、国債をはじめとした資産に流れ込んだ。世界の投資市場の規模はGDPと同程度から4倍にまで膨れ上がった。国債市場が、借金漬けで資産インフレの世界経済は金利上昇に敏感になっており、大幅な利上げには耐えられない状態にあると感じているという見方が成り立つ。
一般的な説明が通用しないとき、裏では必ず何かが起きている。新型コロナの感染者数が増えるなかでも、ワクチンや新しい治療法によって新型コロナがインフルエンザのような日常の一部になるという見方から、コロナ不況の不安感は和らいだ。世界のデータをみれば、買い物やレストランの客足はコロナ以前の水準近くまで戻りつつある。
コロナ危機のピーク時に、米連邦準備理事会(FRB)は新規に発行される米国債の41%を買い入れていた。だが、FRBやその他の中銀が買い入れの段階的な縮小を示唆し始めた初秋以降も、長期金利は記録的な低水準にとどまっている。さらに、中銀はあらゆる残存期間の国債を買い入れているにもかかわらず、短中期の国債利回りだけが上昇しているのはなぜなのだろうか?
ここでインフレのシナリオが登場する。1つは、現在のインフレ率の急上昇はパンデミックによる供給不足が緩和すれば過ぎ去るという見方。もう1つは世界は今、1970年代のようにインフレが社会や人々の心理に組み込まれた時代に入りつつあるという見方だ。
「一過性」でないインフレ
中銀はインフレが「一過性」と主張してきたが、そうではないことを示すデータが増えている。米国の10月の消費者物価指数(CPI)は食品・エネルギーを含む総合指数が約30年ぶりに上昇率が6%台に達した。コアインフレ率(変動の大きい食品やエネルギーなどを除き、長期のトレンドの目安に適しているとされる)は世界的に急上昇しており、米国では4%を超えている。賃金にも長期的な押し上げ圧力がかかっている。米国では失業者1人につき6件以上の求人がある。これは約20年ぶりの高水準だ。
今年初めの頃は、長期的には生産性の向上によりインフレが抑制されるという期待があったが、それも望み薄のようだ。複数の調査によれば、在宅勤務者は出勤時と同じレベルの作業量をこなすのにより長い労働時間を費やしている。
世界の国債市場は、インフレ率と成長率の上昇により中銀が22年から短期利回りを引き上げざるを得なくなることを織り込み始めている。実際、短期利回りの急上昇により、世界の国債投資による収益は1949年以来最悪となる見込みだ。
だが今はどの先進国でも10年物国債の利回りはインフレ率を大幅に下回っている。市場は恐らく、短期的にインフレや成長率がどうなろうとも世界が過剰な債務を抱えているため、長期的に金利は上がりようがないと直感しているのだ。
金融市場や国債残高がGDP比で膨らむにつれ、それらは一段と不安定さを増している。資産価格や国債の利払いコストは金利上昇に対して一層敏感になり、今や世界経済にとって二重の脅威になっている。過去の引き締めサイクルでは、主要な中銀は金利を4〜7ポイント程度引き上げるのが通例だった。
今や多くの国では、はるかに緩やかな引き締めでも経済を悪化させる恐れがある。国債残高がGDP比で300%を超える国は過去20年で6カ国から米国を含む24カ国にまで増加した。急激な利上げは上昇した資産の価値を低下させる可能性があり、通常ならデフレ圧力につながる。市場では、中銀が金利を大幅に引き上げた後、経済が冷え込んで再び利下げせざるを得なくなるという見方が少なくない。この「政策ミス」の可能性に市場の注目が集まるのは、このためだ。
世界は事実上、債務の罠に陥っているといえる。それが示唆するのは、インフレ下で長期金利が大きく上がらないのは、前例がなく意外であるのと同時に、全くもって合理的であるということだ。
By Ruchir Sharma
(2021年11月22日付 英フィナンシャル・タイムズ電子版 https://www.ft.com/)
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