新型コロナ 遠縁ウイルスに共通の変異
日経サイエンス
新型コロナウイルス感染症のパンデミック(世界的大流行)で、厄介な変異を持つウイルスの流行拡大が問題になっている。英国で見つかった変異株「B.1.1.7」は感染を広げやすく、2月16日時点で日本を含む88の国と地域から報告された。南アフリカから報告された「B.1.351」、ブラジルからの帰国者が感染していた「P.1」は、ヒトの免疫系の攻撃を回避する可能性が指摘されている。これら3つの変異株には共通点があることがわかってきた。
ゲノム解析によると、3つの変異株は互いに遠く離れた「遠縁」の関係にある。たとえば、B.1.1.7とB.1.351の共通祖先にあたるウイルスは、2020年2月以前まで遡らないと見つからない。変異の起きた箇所もバラバラだ。ところが、501番目のアミノ酸がアスパラギン(N)からチロシン(Y)に置き換わった「N501Y」の変異だけは3つとも共通していた。この変異は共通祖先のウイルスには存在しない。
ウイルスは細胞内で増殖する際に自らの遺伝情報を記録した核酸分子(RNA)をコピーするが、その際に一定の確率でコピーミスが生じる。これが変異だ。変異は頻繁に起こるが、増殖するのに不利な変異が起きたウイルスは淘汰され、有利な変異や、特に影響のない変異が起きたウイルスだけが増えていく。変異が定着したウイルス群は「系統」と呼ばれ、世界にはすでに800以上の系統がある。
ほとんどの系統は変異前のウイルスと性質が変わらないが、たまたま有利な性質を獲得した一部の系統が流行を広げ、「変異株」と呼ばれる。問題の3つの変異株は、いずれも「スパイク」と呼ぶウイルス表面の突起部に変異が起きている。「N501Y」の変異が起きた501番目のアミノ酸は、スパイクが人の細胞に感染するとき、細胞表面にあるたんぱく質ACE2に結合する部位に存在する。この変異がウイルスに有利に働き、感染性の増加をもたらして急速な拡大につながったのかもしれない。現在各国でこれを検証する実験が進められている。
南アのB.1.351とブラジルのP.1にはN501Yだけでなく、484番目のアミノ酸が置き換わる「E484K」の変異も共通している。この変異は免疫の攻撃をかいくぐる可能性が指摘されている。国立感染症研究所は15日、日本国内で、N501Y変異はないがE484K変異を持つ新たな変異株が見つかったと発表した。
複数の変異株に共通する変異が見られるという事実は、限られた一部の変異箇所がウイルスの性質に大きな変化を与える可能性があることを示している。今後も様々な変異株の出現が予想される。変異箇所の分析は、流行を抑え込み、変異の影響を受けにくいワクチンや治療薬を開発するうえできわめて重要だ。
(詳細は2月25日発売の日経サイエンス4月号に掲載)
新型コロナウイルスの感染症法上の分類が2023年5月8日に季節性インフルエンザと同じ「5類」に移行しました。関連ニュースをこちらでまとめてお読みいただけます。
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