新生銀行はなぜ、定期預金の金利を10倍にしたのか
ビジネススキルを学ぶ グロービス経営大学院教授が解説
SBIホールディングス傘下の新生銀行は6月から、定期預金の金利を10倍に引き上げ、6カ月物は年0.1%とすると発表しました。新規の顧客には、3カ月物の定期預金で年1.0%(通常は0.1%)の金利を提供するとしています。この動きについて、グロービス経営大学院の斎藤忠久特別教授が「SWOT分析」の観点で解説します。
「貯蓄から投資へ」の流れに逆行?
これまで国内銀行は日銀のマイナス金利政策に応じる形で、預金金利を下げてきました。今回の新生銀行の動きはこれとは逆の戦略であり、岸田文雄首相が「新しい資本主義」で実現しようとしている貯蓄から投資への流れにも逆行するように見えます。背景と目的を考えてみましょう。
国内の預金金利は1990年代半ば、1年未満の定期預金で2%を超えていました。しかし2016年の日銀のマイナス金利導入後は0.1%以下が常態化しました。さらに2020年には大手銀行が口火を切り、地方銀行が追随する形で年0.01%から0.002%まで低下しました。低迷する資金需要に対応し、資金調達コストである預金金利を低下させることが目的でした。
新生銀行の「機会」と「強み」
このような流れに対して、新生銀行はなぜいま逆行するように見える動きを取るのか。「SWOT分析」を通してみると、攻めの戦略展開が明らかになります。
SWOT分析とは、自社の外部環境と内部環境を、好ましい側面と好ましくない側面から整理する手法です。強み(Strengths)、弱み(Weaknesses)、機会(Opportunities)、脅威(Threats)の4つに整理することで、経営課題の見極めや事業機会の検討などに活用することができます。
SWOT分析を発展させたものとして、クロスSWOT分析があります。SWOT分析で得られた項目から特に重要そうなものを抜き出し、対策を検討するものです。今回の新生銀行の動きは、「S(強み)」と「O(機会)」の掛け合わせによる積極的な戦略展開といえます。
世界的な金利上昇を先取り
新生銀行にとってのO(機会)は、世界的な金利上昇です。
欧米の中央銀行は、ロシアのウクライナ侵攻による天然資源や穀物価格の高騰をきっかけに進むインフレを抑え込む目的もあり、従来の量的緩和政策に決別しました。このため国債のマイナス金利は終わり、市中金利も上昇傾向にあります。その中で先進国では唯一、日本だけがマイナス金利を維持しています。
ただし、日本でも物価が上昇に転じており、いずれ金融の量的緩和とマイナス金利は終結するものとみられています。新生銀行による定期預金金利の引き上げは、これを先取りするものといえます。
新生銀行の高い預貸率
ではS(強み)は何でしょうか。それは、獲得した預金を収益に転化できる預貸率の高さです。
銀行の主要収益源は、獲得した預金を融資に回すことで得られる預貸ざや(貸出利息収益-預金利息コスト)です。個人などから低利で獲得した預金にさや(スプレッドと言います)をのせて、企業等へ貸し付けることで収益を上げていきます。したがって、獲得した預金の大半を貸付金として企業等に貸し出しできれば、より多くの収益を上げることができます。
新生銀行の2021年末の預金総額は6兆4001億円です。一方、貸付金総額は5兆2118億円あります。預金額に対する貸付金額の割合(預貸率と呼びます)は81.4%と、国内銀行全体の6割を大きく上回っています。資金利益は9か月間で935億円であり、預金コストをほぼゼロと仮定すると平均貸付金利息は年2.4%程度と計算されます。
預金金利の引き上げは銀行にとって、資金の仕入れコストの上昇を意味します。新生銀行は今回の定期金利の引き上げで、年間約25億円(2021年末の定期預金額2兆5422億円×金利0.1%)のコストアップとなります。
それにもかかわらず預金金利引き上げに踏み切るのは、それを上回る利益が見込めるからです。新生銀行は今回の措置を含めた預金者の囲い込みによって、預金量を2025年3月までの3年間で1兆6000億円積み増す計画です。
これをすべて新規顧客の定期預金(今回、新規顧客には3カ月定期預金で年1.0%の金利を提示)で実現したと仮定すると、年間の追加預金コストは合計で185億円(2兆5422億円×0.1%+1兆6000億円×1.0%)となります。
増加した1兆6000億円の8割を貸付金とできれば、追加の貸付利息収入は307億円(1兆6000億円×80%×2.4%)となり、追加預金コストを122億円上回ることになります。一方、もし預貸率が全国銀行平均の60%だった場合、貸付利息収入と追加預金コストの差は45億円にとどまります。今回の定期預金金利の大幅引き上げは、預貸率の高い新生銀行だからできる戦略ともいえます。
新生銀行の中期ビジョン
新生銀行はSBIグループ傘下となるにあたって、今年5月、3年後に目指す姿としての「新生銀行グループの中期ビジョン(FY2022-FY2024)」を発表しています。
(1) 「連結純利益700億円の達成と更なる成長への基盤の確立」、(2) 「先駆的・先進的金融を提供するリーディングバンキンググループ」、そして(3) 「公的資金返済に向けた筋道を示す」が中期ビジョンの3本の柱です。
第1のビジョンの目玉は「量の拡大を図り、質の向上に転化」です。今回の定期預金金利の大幅引き上げは、顧客を早期に囲い込み預金量を飛躍的に増加させると同時に顧客基盤を拡大し、グループ商品のクロスセルを通じて「グループ内外の価値共創」を図ろうとするものです。
第2のビジョンの目玉は新生銀行を中核とする「第4のメガバンク」構想です。国内の地方銀行などに資産運用商品を提供する機関投資家向けビジネス、消費者金融などの小口ファイナンス、そして海外ビジネスなどを伸ばしていくことで収益の増加を図ろうとしています。
以上によって収益を増強し、第3のビジョンとして公的資金返済のめどをつけていくことをうたっています。
SBIグループの戦略を踏襲
SBIグループの一員として1998年に設立されたSBI証券は、2000年前後に手数料の引き下げ競争を仕掛けました。手数料を業界最低水準に引き下げることで顧客基盤を拡大し、この顧客基盤にグループの商品をクロスセルすることで収益の拡大に成功しました。今回の新生銀行の戦略も、この戦略を踏襲したものです。
定期預金金利の引き上げで顧客基盤を大きく拡大し、そこにSBIグループ各社の商品を販売していくことで、新生銀行だけでなくグループ全体の収益拡大を狙ったものであり、岸田政権の「貯蓄から投資へ」の移行をうたった新しい資本主義構想に沿ったものといえます。
このように新生銀行はSBIグループ傘下に入り、新しいビジョンのもとで顧客基盤と収益基盤を大きく拡大していくことで、「第4のメガバンク」を目指す第一歩を踏み出したようです。
新生銀行の巧妙な戦略
新生銀行の中期ビジョンなどを踏まえた上で改めて今回の定期預金金利引き上げを見ると、その巧妙な戦略に驚かされます。
(2)その一方で、新生銀行の預貸率の高さを生かした貸付金の拡販による収益拡大と、SBIグループがもつ幅広い商品群(ストラクチャードファイナンス、機関投資家向け金融商品、消費者向けの小口ローンや株式をはじめとする有価証券群)のクロスセル(グループの総力を結集し「強み」を生かしたシナジー効果)でさらに収益基盤を拡大する
新生銀行は、この(1)と(2)を通して、「第4のメガバンク」を目指すというビジョンに積極的に挑んでいることがわかります。
グロービス経営大学院特別教授。富士銀行(現みずほフィナンシャルグループ)からコンサルティングファームに出向、マーケティングおよび戦略コンサルティングに従事。その後、音響機器メーカーのナカミチで取締役最高財務責任者(CFO)と米国持ち株子会社の副社長兼CFO、米国通信系ベンチャーの日本法人代表取締役社長、エンターテインメント系ベンチャーの専務取締役、モバイル向けコンテンツ配信企業エムティーアイで取締役兼執行役員専務CFOを歴任
「SWOT分析」についてもっと知りたい方はこちら
https://hodai.globis.co.jp/courses/ee1de01d(GLOBIS 学び放題のサイトに飛びます)
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