「中国版テスラ」NIOに復調の兆し 苦戦から一転
投資家や自動車サプライヤーは中国のEV業界全体の状況を把握するため、「中国のテスラ」と呼ばれるEVメーカー、NIOに注目している。同社は2020年1~3月期の決算発表で、営業赤字が縮小したことを明らかにし、4~6月期の納車台数が過去最高になるとの見通しを示した。その後、同社は5月の納車台数が過去最高に達したと発表した。
同社は新型コロナウイルスのパンデミック(世界的な大流行)と深刻な資金繰り難という二重の危機に見舞われていた19年末から持ち直した。今では中国政府のEV補助金(の延長)を受け、NIOやEV業界全体の先行きはわずか1カ月前に比べて大きく改善している。
3つのポイント――NIOは回復軌道に
1.中国のEV需要は回復しつつある。NIOの4~5月の堅調な納車台数は、新型コロナのパンデミックに伴う需要の落ち込みが最悪期を脱した可能性を示している。中国政府は25年までに自動車販売台数の5分の1をEVにするなど、EV普及に向けて野心的な目標を掲げている。政府の補助金が22年まで延長されたのを受け、需要はさらに高まるだろう。
2.NIOは中国市場でライバルよりも有利な位置に付けている。NIO車はバッテリー交換技術を搭載しているため、高級EVでは唯一、延長された政府補助金の対象になる。
3.NIOの経営は改善しつつある。NIOの赤字縮小は、中国国内でEV市場が経営的に成り立つようになり始めていることを示している。
なぜこれが重要なのか――NIOの復調、中国のEV業界全体の存続性と健全性を反映している可能性
EVのサプライチェーン(供給網)各社は、従来車よりも不透明なEVの需要と生産能力を予測するという問題を抱えている。そこでEV市場の多くのステークホルダー(利害関係者)はEVが持続可能な事業だと確認するために、NIOに注目している。
NIOの5月の納車台数は過去最高の3500台近くに上り、受注台数がわずか707台に急減した2月と比べて5倍近く増えた。同社が中国で3月半ばに開催した電動SUV(多目的スポーツ車)「ES6」のライブコマース(ネット生中継動画での実演販売)は400万人が視聴し、5000件以上の試乗予約と320台の受注を獲得した。
月間の納車台数が増えているのは、NIOが成長し、テスラや中国の小鵬汽車(Xpeng)などのライバルと競えるようになった証しだ。世界最大のEV市場である中国で需要が急回復し始めていることも示している。
NIOの李斌・最高経営責任者(CEO)は足元の旺盛な需要が続くとみている。20年1~3月期の決算発表では、4~6月期の納車台数は過去最大になるとの見通しを示した。
李氏は「4月以降、1日当たりの新規受注のペースは既にコロナ前の水準に戻っている。サプライチェーンや生産が正常化することを考えると、4~6月期のSUV『ES8』『ES6』の納車台数は四半期ベースで過去最高の計9500~1万台に達すると確信している」と強調した。
EVメーカー各社も大規模な政府補助金を当てにしている。このため、サプライヤーなどの利害関係者はEVの需要が高まると予想するだろう。
中国政府は20年、EV購入の補助金、充電ステーションの設置推進、銀行に対する有利な条件でのローン提供の促進などEV普及を後押しする景気刺激策を実施した。NIOは特に延長されたEV購入補助金の恩恵を受ける。バッテリー交換方式を実用化し、5月時点で50万回の交換を完了しているため、高級EVメーカーでは唯一、補助金支給の基準を満たしているからだ。
NIOは4月、中国の国有企業数社から10億ドルの出資という形で支援も受けた。この新たな資金調達により、資金繰り難や事業拡大計画の中止(上海近郊の工場建設計画を断念)、バッテリー発火につながった設計の問題に見舞われた19年の危機寸前の状況から救われた。経営陣はこの新たな資金を活用し、サプライチェーンと生産能力を改善する計画だ。
NIOの営業赤字が縮小しつつあることも中国のEV市場にとって明るい兆しだ。サプライヤーなどの利害関係者は市場に資源を投入するためには、EV生産が持続可能な事業だと理解しておく必要があるからだ。NIOが4~6月期末には利益が出るとの見通しを示しているのは、業界全体にとって良い兆しだ。
消費者の関心が高まり、EVメーカーの経営改善も進んでいるため、EVの投資家やサプライヤーは中国のEV需要は維持されるとみるはずだ。
ライバル――新型コロナの難局を切り抜けつつも、品質問題への対応を迫られる
中国のEVメーカー各社は世界最大のEV市場である中国で覇権争いを繰り広げている。ここでは一部のライバルがこうした激動の時期をどう切り抜けているかをとりあげる。
テスラ
テスラは中国で最も多くのEVを生産している。4月の「モデル3」の生産台数は1万1000台を超え、販売台数は3635台に上った。同社はパンデミックを受け、NIOと同様にライブコマースで需要をてこ入れした。中国人のトップインフルエンサーが進行役を務めたネット通販「淘宝網(タオバオ)」での番組は、400万人の視聴者を引き付けた。
上海にあるテスラのギガファクトリーは3月、中国政府から寮や輸送手段、個人防護具(PPE)などの形で手厚い支援を受け、稼働を再開した。同社は増産に向けてギガファクトリーを急ピッチで拡張している。
テスラは生産台数を増やし、納車を続けていたため、19年末にはかろうじて黒字を確保した。一方、テスラ車からの発火の報道が相次ぐなど依然として品質問題に悩まされている。
小鵬汽車(Xpeng、中国)
中国のライバル、小鵬汽車は電動SUV「G3」を販売し続けている。4月の中国での販売台数は約1000台だった。
同社は広東省の新工場で生産認可を受け、4月末にEVスポーツセダン「P7」を発売した。P7は19年11月時点で1万5000台以上の予約が殺到していた。パンデミックで需要に影響が及んだ可能性もあるが、現在は4~6月期にP7を納車するために生産を増やしている。
それでも、小鵬汽車の顧宏地総裁は今後2~3年は赤字が続くとの見方を示している。さらに、発火の報道や、知的財産を持ち出したとしてテスラから提訴されている問題への対応も迫られている。
理想汽車(Lixiang Automotive、中国)
理想汽車の4月の出荷台数は前月比106%増の3155台に上った。新型コロナで生産を一時中断したにもかかわらず、19年12月にはSUV「Ideal one(理想ONE)」の納車を開始した。
同社が利益を出しているかどうかは不明だが、19年12月に申請した米国でのIPOは保留することにした。車両からの発火を報じられるなど、ライバルと同じく品質問題に直面している。
注目すべきスタートアップ――生産にはなかなか至らず
EVスタートアップはなお試作段階や、増産に向けた措置を講じている段階にとどまっており、黒字化には程遠い。
奇点汽車(Singulato Motors、中国)
▽主な投資家:伊藤忠商事、東方網力科技(中国)、ワンキャピタル
北京に拠点を置くEVスタートアップ、奇点汽車は複数のEVを発売する準備を進めている。
当初は18年に中型電動SUV「iS6」を出荷する予定だったが、その後問題が相次いだため生産には至っていない。
一方、21年初めには価格の手ごろな超小型EV(マイクロEV)「iC3」の発売を目指している。iC3はトヨタ自動車のEV車「eQ」がベースで、19年にトヨタからライセンスを取得した。奇点は独自部品を使って機能を改善する考えだ。
奇点は一定の条件下で運転をシステムに任せられる「レベル3」の自動運転技術を開発するため、米半導体大手エヌビディアの自動運転向けAIチップ「Xavier(エグゼビア)」を搭載する方針も明らかにしている。
生産の遅れにもかかわらず、伊藤忠は19年末に奇点への出資を増やした。伊藤忠による出資額は計1億ドル近くになった。
拜騰(バイトン、BYTON Corporation、中国)
▽主な投資家、騰訊控股(テンセント、中国)、フォックスコン・テクノロジー(台湾)、中国和諧新能源汽車(中国)
EVスタートアップ、バイトンは同社初のEV「M-Byte(エムバイト)」を20年末に中国、21年に米国で発売しようとしている。M-Byteの目玉は48インチのタッチスクリーンで、インフォテインメントの可能性を浮き彫りにしている。同社はこのほど、4月に南京市の工場で試作車が完成したと発表し、20年に中国で発売する計画が順調に進んでいることを明らかにした。
もっとも、バイトンは相次ぐ困難に見舞われている。最近では北米の拠点で200人以上の労働者を一時解雇した。20年初めには南京工場も一時閉鎖に追い込まれたが、2月に速やかに再開した。(編集部注:その後、7月1日から6カ月間の予定で、事業の大半を停止したことが分かった)
米ファラデー・フューチャー(Faraday Future)
▽主な投資家:恒大健康産業集団(中国)、米バーチレーク・パートナーズ
ファラデー・フューチャーは賈躍亭・前CEOの騒動や、米スペースXやテスラからの派手な引き抜き、8億ドル以上の現金を使い果たしたことでメディアの注目を浴びている。だが、ニュースや幹部の事件などの評判にもかかわらず、価格15万~20万ドルの高級EV「FF91」の生産に近づいているとされる。
ファラデーの現CEO、カーステン・ブライトフェルト氏(独BMWの元幹部でバイトンの元CEO)はファラデー車の魅力に取りつかれた層、特にライドシェアの顧客へのサービス提供に価値を見いだしているという。
同社は20年9月にFF91を発売する方針を明らかにしているが、量産化を果たすには追加の資金調達が必要になる可能性がある。