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日本製鉄の改革 「利益なき顧客至上主義」への戒め

日経ビジネス
コラム
自動車・機械
2022/11/28 2:00
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製鉄所で社員と直接対話する日本製鉄の橋本英二社長(左から2人目)

製鉄所で社員と直接対話する日本製鉄の橋本英二社長(左から2人目)

日経ビジネス電子版

製鉄所の合理化と鋼材の抜本的な値上げによって骨太な企業へと姿を変えた日本製鉄。橋本英二社長の改革から見えてくるのは、「利益なき顧客至上主義」への戒めだ。

「社員の給与の総額をどれだけ増やせたかが、私にとっての経営のKPI(重要業績評価指標)ですよ」。橋本英二社長はストレートにこう語る。

日鉄の賃金改善額(ベアに相当)は2022年に3000円と1998年以来の高水準となった。賞与も237万円(39歳、21年勤続ベース)と14年ぶりの高さになり、橋本社長は改革についてきてくれた社員の働きに報いた。

連結ベースで約500社、10万6000人を率いる橋本社長の社員を見る目は厳しい。「最近は減ったが、就任後1年半はずっと怒っていた」と自ら言うほどで、肩を落として役員室から出てくる管理職や経営幹部も多かった。

社員を守るという大義

だが、社員らは「いつも筋が通っている。決してぶれない」「至極まっとうな怒り方で反論できない」と明かす。橋本社長が時に剛腕ぶりを見せるのは社員を守るためだ。そのためには「親分」として鬼にでもなる。

語り草は09年の厚板事業部長時代。造船やプラントなどに使う厚板は三菱重工業が最大の顧客で、懇ろな関係を築いていた。しかし、あまりに不条理な価格や購買条件を強いられ、堪忍袋の緒が切れた。三菱重工に「この価格じゃないと出さない」と通告。同社の逆鱗(げきりん)に触れた。直訴しようと購買部門を通り越し、造船部門のトップの元にも足を運ぼうとした。条件闘争を有利に進めるため、韓国の造船所に供給すると一線を越えたこともあったとされる。

その後、橋本氏は異動しているが、社内では「一連の騒動で飛ばされた」との噂が立った。当時、執行役員の肩書も持っていたが、自らのプライドと事業部の社員を守るためなら、そんな地位には一切固執しなかった。

電磁鋼板の特許侵害でトヨタ自動車を提訴し、鋼板の価格交渉で大幅な値上げを突き付けたのも、社員の努力が犠牲になっていたからだ。ハイブリッド車や電気自動車(EV)のモーターコアに使う「無方向性電磁鋼板」は世界最多の特許数を日鉄が保有しているとみられ、何十年もかけて先達が技術を磨いてきた。量産にこぎ着けるのも、何年もの月日を要した。

そうした社員の努力の結晶をないがしろにした宝山鋼鉄の特許侵害とトヨタの採用は目に余るものがあった。そこには最大顧客に忖度(そんたく)する姿勢はみじんもない。

夜も動き続ける製鉄所。日本製鉄は休まず改革を続けていけるかどうかが問われている

夜も動き続ける製鉄所。日本製鉄は休まず改革を続けていけるかどうかが問われている

思い返せば、日本企業は「利益や社員を犠牲にした顧客至上主義」に陥っていなかっただろうか。「顧客のためなら」という「善意」を合言葉に値下げを繰り返す。技術開発や量産化に人とカネと時間をつぎ込んでいるのに、コストを軽んじ利益率の低下を招く。

「顧客のためなら」という大義名分は、部分最適にはなっても会社全体の利益を害する。そうなれば企業の競争力を損なうのは自明の理。それは回り回って商品やサービスの恩恵を受けていた顧客に跳ね返ってくる。

独善に陥らないために

デフレから脱却できず、賃金も上がらない、利益率も欧米の有力企業には及ばない──。日本経済はこうした悪循環の病にむしばまれているが、そこに「顧客最優先の自傷行為」がなかっただろうか。

かつての日鉄もそうだった。元はといえば自らの供給過剰が安値を招いたわけだが、橋本社長は販売価格を適正なレベルに戻しその価格での買い入れを顧客に迫った。弱腰だった営業部隊はプライドを取り戻した。

もちろん不断のコスト削減や生産性の向上、品質の改善など顧客満足度を高める企業努力は欠かせない。だが、行き過ぎた顧客至上主義には見直しが必要だろう。

橋本社長は上からの改革が独善的にならないようガバナンス(企業統治)にも注意を払う。20年、監査等委員会設置会社に移行した。経営戦略をスピード感をもって実行していくのと引き換えに、それが理にかなっているか取締役会での監督機能を強化。チェック&バランスを働かせる。

取締役会が監督機能をより果たすようになることで、同会での経営に関する決議事項件数を最小限にとどめ、副社長や執行役員クラスが集まる会議での機関決定を増やしている。上からの改革とその監督を両立させているのが今の経営体制だ。

三菱商事双日が共同出資する鉄鋼商社メタルワンの北村京介執行役員は「改革の理念は営業のみなさんの隅々まで行き渡っている。とても強い組織」と話す。

「非常に状況が悪い中で、みんな努力してくれた。ああだこうだ言わなくても、本当に自ら考えてやるようになってくれた」。

橋本社長は、従業員一人ひとりの成果に目を細める。

日鉄のアキレスけんは改革の継続性だ。鍛え上げた収益体質に慢心すれば巨艦は沈む。経営層と社員が緊張関係をはらみつつも一体感を維持できれば、鉄人はさらに質実剛健になる。

世界経済が減速、問われる改革の継続


大和証券・尾崎慎一郎シニアアナリスト

2022年4~9月期の業績は中国景気の低迷や自動車の減産など世界的な鉄鋼不況から厳しいと見込んでいたが、いい意味で裏切ってくれた。通期を見ると、単体の粗鋼生産量が前の期比12%落ちても連結事業利益は8700億円と7%減にとどまり、健闘している。

 橋本社長が就任する前は旧新日本製鉄と旧住友金属工業、旧日新製鋼の再編効果は引き出せていなかった。

 だが橋本社長は、特定の大口顧客向けのひも付き価格の是正や、価格の先決め方式への転換など改革に正面から取り組んだ。キャリアとして営業や海外畑が長く、海外と日本の違いを熟知しており、「おかしい取引はおかしい」と理路整然と言える力が橋本社長にはある。

 足元では世界経済が減速しており、鉄鋼市場が好調なのはインドと中東エリアくらい。グローバル鉄鋼大手も業績が悪化し始めている。厳しさが増す中で今の改革を継続し、システムとして確立していくことが重要になる。

 中長期には「政治リスク」がくすぶる。水素還元製鉄など脱炭素対応には莫大な投資がかかり、日鉄1社では賄えず、政府の支援が必要だ。しかし、政府のスピードは遅く、金額も欧州や中国に比べて小さい。欧州は脱炭素のルールづくりでも優位に立とうとしており、日本の政治・外交力が日鉄の今後に影響を及ぼす可能性がある。(談)

CO21トン当たりの利益を追求すべし


UBS証券・五老晴信アナリスト

 橋本社長の改革ポイントは多くあるが、対話力もその一つだろう。
 特に株式市場との対話が増えたことで、今の日鉄が置かれている状況が非常に分かりやすくなった。

 例えば「安定的な鋼材供給を続けるためには、適正なマージン(利益)の確保が必要であり、従来と異なる値決め方式を導入した」といった説明や、脱炭素対応について「環境コストを社会的負担として受け入れてもらわないといけない」といったメッセージも発信している。橋本社長は投資家ミーティングにも積極的だが、好感が持てるのは台本ではなく社長が自分の言葉で語っていることだ。

 これからの鉄鋼業界の企業価値を測る指標として「二酸化炭素(CO2)排出量当たりの付加価値率」などが重要度を増すだろう。日鉄の今後の鋼材販売数量を歩留まりも踏まえて年3500万トン、国内分の事業利益を3500億円と仮定すると1トン当たり利益は約1万円。1トン鋼材を作るのに約2トンのCO2を排出すると考えれば、トン当たり5000円が付加価値になる。CO2トン当たり利益をどこまで高められるかいう視点で経営に注目したい。

 限界利益確保のために稼働率が指標として重視されがちだが、汎用品をどんどん売っていた時代の物差しで、今はふさわしくない。CO2削減とともに、利益率が高い高級鋼の販売を増やせばCO21トン当たりの利益も高まる。日鉄は高級鋼の販売比率を高めるとともに、カーボンニュートラル鋼材の販売開始も発表した。そうした取り組みを一層進めれば脱炭素時代にふさわしいグローバル企業になれるはずだ。 (談)

(日経ビジネス 上阪欣史)

[日経ビジネス電子版 2022年11月21日の記事を再構成]

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