【製造業首位】海外展開加速。環境技術も優位。資金量9兆円規模。
製鉄所で社員と直接対話する日本製鉄の橋本英二社長(左から2人目)
「社員の給与の総額をどれだけ増やせたかが、私にとっての経営のKPI(重要業績評価指標)ですよ」。橋本英二社長はストレートにこう語る。
日鉄の賃金改善額(ベアに相当)は2022年に3000円と1998年以来の高水準となった。賞与も237万円(39歳、21年勤続ベース)と14年ぶりの高さになり、橋本社長は改革についてきてくれた社員の働きに報いた。
連結ベースで約500社、10万6000人を率いる橋本社長の社員を見る目は厳しい。「最近は減ったが、就任後1年半はずっと怒っていた」と自ら言うほどで、肩を落として役員室から出てくる管理職や経営幹部も多かった。
だが、社員らは「いつも筋が通っている。決してぶれない」「至極まっとうな怒り方で反論できない」と明かす。橋本社長が時に剛腕ぶりを見せるのは社員を守るためだ。そのためには「親分」として鬼にでもなる。
語り草は09年の厚板事業部長時代。造船やプラントなどに使う厚板は三菱重工業が最大の顧客で、懇ろな関係を築いていた。しかし、あまりに不条理な価格や購買条件を強いられ、堪忍袋の緒が切れた。三菱重工に「この価格じゃないと出さない」と通告。同社の逆鱗(げきりん)に触れた。直訴しようと購買部門を通り越し、造船部門のトップの元にも足を運ぼうとした。条件闘争を有利に進めるため、韓国の造船所に供給すると一線を越えたこともあったとされる。
その後、橋本氏は異動しているが、社内では「一連の騒動で飛ばされた」との噂が立った。当時、執行役員の肩書も持っていたが、自らのプライドと事業部の社員を守るためなら、そんな地位には一切固執しなかった。
電磁鋼板の特許侵害でトヨタ自動車を提訴し、鋼板の価格交渉で大幅な値上げを突き付けたのも、社員の努力が犠牲になっていたからだ。ハイブリッド車や電気自動車(EV)のモーターコアに使う「無方向性電磁鋼板」は世界最多の特許数を日鉄が保有しているとみられ、何十年もかけて先達が技術を磨いてきた。量産にこぎ着けるのも、何年もの月日を要した。
そうした社員の努力の結晶をないがしろにした宝山鋼鉄の特許侵害とトヨタの採用は目に余るものがあった。そこには最大顧客に忖度(そんたく)する姿勢はみじんもない。
夜も動き続ける製鉄所。日本製鉄は休まず改革を続けていけるかどうかが問われている
思い返せば、日本企業は「利益や社員を犠牲にした顧客至上主義」に陥っていなかっただろうか。「顧客のためなら」という「善意」を合言葉に値下げを繰り返す。技術開発や量産化に人とカネと時間をつぎ込んでいるのに、コストを軽んじ利益率の低下を招く。
「顧客のためなら」という大義名分は、部分最適にはなっても会社全体の利益を害する。そうなれば企業の競争力を損なうのは自明の理。それは回り回って商品やサービスの恩恵を受けていた顧客に跳ね返ってくる。
デフレから脱却できず、賃金も上がらない、利益率も欧米の有力企業には及ばない──。日本経済はこうした悪循環の病にむしばまれているが、そこに「顧客最優先の自傷行為」がなかっただろうか。
かつての日鉄もそうだった。元はといえば自らの供給過剰が安値を招いたわけだが、橋本社長は販売価格を適正なレベルに戻しその価格での買い入れを顧客に迫った。弱腰だった営業部隊はプライドを取り戻した。
もちろん不断のコスト削減や生産性の向上、品質の改善など顧客満足度を高める企業努力は欠かせない。だが、行き過ぎた顧客至上主義には見直しが必要だろう。
橋本社長は上からの改革が独善的にならないようガバナンス(企業統治)にも注意を払う。20年、監査等委員会設置会社に移行した。経営戦略をスピード感をもって実行していくのと引き換えに、それが理にかなっているか取締役会での監督機能を強化。チェック&バランスを働かせる。
取締役会が監督機能をより果たすようになることで、同会での経営に関する決議事項件数を最小限にとどめ、副社長や執行役員クラスが集まる会議での機関決定を増やしている。上からの改革とその監督を両立させているのが今の経営体制だ。
三菱商事と双日が共同出資する鉄鋼商社メタルワンの北村京介執行役員は「改革の理念は営業のみなさんの隅々まで行き渡っている。とても強い組織」と話す。
「非常に状況が悪い中で、みんな努力してくれた。ああだこうだ言わなくても、本当に自ら考えてやるようになってくれた」。
橋本社長は、従業員一人ひとりの成果に目を細める。
日鉄のアキレスけんは改革の継続性だ。鍛え上げた収益体質に慢心すれば巨艦は沈む。経営層と社員が緊張関係をはらみつつも一体感を維持できれば、鉄人はさらに質実剛健になる。
(日経ビジネス 上阪欣史)
[日経ビジネス電子版 2022年11月21日の記事を再構成]
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