大谷はイチローの目にどう映ったか 増えた至宝の共通項
スポーツライター 丹羽政善
非日常が、気がつけば日常に。固定概念が覆され、新たな価値観が上書きされるような日々が、静かに幕を閉じようとしていた。
最後、前日の試合で5打点をたたき出し、マリナーズがプレーオフに出場する望みをつないだミッチ・ハニガーが空振り三振に倒れると、三塁側のエンゼルスベンチから、赤いパーカーを着た大谷翔平がゆっくりと出てきて、マウンドへ向かった。そこで野手とハイタッチ、ハグを交わした大谷は、ダッグアウト前に戻って同じことをコーチらと繰り返す。次に、三塁ベース付近へ小走りで向かうと、ブルペンから引き揚げてきたリリーフ陣を出迎えた。
朝から小雨が降り、空は一日中、厚い雲で覆われていた。気温も上がらず、指先はかじかんだまま。いかにもシアトルらしい秋の午後、大谷が先頭打者本塁打を放ち、マリナーズのプレーオフ出場の可能性が徐々に遠のくのを見つめながら、一方で古い記憶がよみがえり、シーズン最終戦をシアトルで迎えるのはいつ以来だろうかと考えていた。
調べてみると、イチロー(現マリナーズ会長付特別補佐兼インストラクター、以下敬称略)がまだ現役のときだから2011年のこと。10年も時がたっていた。その最終戦というのは例年、一種の儀式のようなところがあり、イチローのシーズン総括会見というのは、緊張感に包まれながらも、ジョークやユーモアにあふれ、ときに辛辣でシニカル。一つ一つの言葉がいつも刺激的だった。
そのイチローの目には、今年の大谷がどう映ったのか。シーズンが終わってから、所属事務所を通じて、コメントを発表した。まず、こう始まる。
「大谷翔平と言えば二刀流、無限の可能性、類いまれな才能の持ち主、そんなぼんやりした表現をされることが多かったように思う。比較対象がないこと自体が、誰も経験したことがない境地に挑んでいる凄(すご)みであり、その物差しを自らつくらなくてはならない宿命でもある」
過去3年、可能性や才能という言葉が先行。実態が伴わなければプレッシャーになりかねないそんな評価に対する見極めは故障もあって猶予されていたが、今季は故障も癒え、真価を問われた。とはいえ、どこにゴールがあるのか。チームとしても、何をもって成功と定義するのか。漠然とした中、大谷は道なき道を歩み、一歩一歩、地固め。すると、既存の物差しはまるで役に立たず、想定が滑稽に映るほどの高みへたどり着いた。
もっともそれは、イチローのキャリアとオーバーラップする。01年、日本で7年連続首位打者という圧倒的な実績を残し、メジャーに挑戦。通用するのか?という否定的な見方もあったが、彼もまた、比較対象がなく独自の物差しをつくるという宿命を背負う中で、ことごとく周囲の予想を覆し、異次元の数字を積み上げていった。
イチローの言葉はこう続く。
「外野からの視点だが、怪我(けが)なくシーズンを通して活躍した2021年は、具体的な数字で一定の答を示した年だと思う。中心選手として長い間プレーするには、一年間全力でプレーした軸となるシーズンが不可欠だ。それが今年築けたのではないか」
残した数字は圧倒的。野手としては46本塁打、100打点、103得点、26盗塁。投手としては9勝2敗、防御率3.18、130回1/3を投げて156奪三振。仮に後に続く二刀流選手が目指そうにも、はなから無理だと心が折れるほど。ただなにより、4年目にして初めて1年という長いシーズンを完走したことは、大谷には自信を、チームには彼に対する信頼をもたらしたのではないか。
そこでもイチローの姿が重なる。1年目、いきなり、首位打者、盗塁王のタイトルを獲得し、新人王、MVP(最優秀選手)などを総なめ。数字で周りを納得させただけでなく、けがなく1年を乗りきると、その点でも答えを出し、メジャーで19年間プレーする確固たる礎を築いた。
最後は、イチローらしさにあふれている。
「アスリートとしての時間は限られる。考え方は様々だろうが、無理はできる間にしかできない。2021年のシーズンを機に、できる限り無理をしながら、翔平にしか描けない時代を築いていってほしい」
できる限り無理をしながら――。二律背反するようなこのメッセージを正しく理解できるとしたら、それは、大谷ただ一人か。いつか改めて、大谷の解釈を聞いてみたい。
さて、こうしてイチローの言葉を元に答え合わせをしてみると、選手としてのスタイルは違えど、似ている部分が少なくない。そして、決定的なものがもう一つある。現役時代、イチローは批判の声などがあれば、ヒットを打つこと、結果を残すことで、それを封じた。
振り返ると昨年終盤、大谷は「二刀流を続けられると思うか?」という懐疑的な質問に何度もさらされた。弱気な言葉を引き出したいのか、本気度を試しているのか、ときに意図をはかりかねたが、その類いの問いを今年、一度も耳にすることはなかった。大谷もまた、結果で雑音を封じたのである。
大谷は、01年のイチロー以来、日本人選手としては2人目のMVP受賞も確実視されており、また一つ、共通項が増えそう。その行方については、全米記者協会の会員にアンケートをとったので、改めて紹介したい。
米大リーグ・エンゼルスで活躍する大谷翔平をテーマに、スポーツライターの丹羽政善さんが彼の挑戦やその意味を伝えるコラムです。