韓国、脱「自殺大国」道遠く 芸能界で相次ぐ悲報
ソウル支局長 鈴木壮太郎
韓国で芸能人が相次いで自ら命を絶っている。韓国は自殺率が経済協力開発機構(OECD)加盟国中、最も高い。「自殺大国」の汚名返上へ国を挙げて防止対策に取り組むなか、有名人の自殺は大きな連鎖を招きかねない。脱・自殺大国への道のりは遠い。
自殺率、OECD加盟国平均の2倍
3日にまた悲報が飛び込んできた。若手俳優のチャ・インハさんが自宅で死亡しているのが見つかった。前日もインスタグラムに書き込むなど変わった様子はなかったという。
10月14日には女性アイドルグループ「f(x)」の元メンバー、ソルリさんが亡くなり、11月24日には日本でも人気だった「KARA」の元メンバー、ク・ハラさんが続いた。相次ぐ悲報に韓国社会は衝撃を隠せずにいる。
芸能人に限らず、韓国は自殺が多い。OECDによると、人口10万人あたりの自殺者数を示す自殺率は韓国が24.6と、加盟国平均の2倍だ。日本(15.2)を大きく上回る。
その理由は複合的だが、背景には韓国社会の構造変化がある。1990年代から核家族化が急速に進み、独居老人が急増した。そのペースにセーフティーネットの構築が追いつかず、高齢者の自殺率は50を超える。
自殺がときに抗議や謝罪、問題解決の手段に使われ、悪いことだという認識も薄い。精神疾患への偏見が根強く、人目を気にして病院にかかりにくい雰囲気があることも要因とされる。
「ウェルテル効果」無視できず
韓国政府は2004年から3次にわたって「自殺予防基本計画」をまとめ、自殺防止に腐心してきた。自殺予防センターの開設や地下鉄のホームドアの設置、猛毒の農薬の生産販売の禁止などあらゆる手段を動員してきた。そのかいあって自殺率は11年の31.7をピークに下がる傾向にあった。
そんな努力が水泡に帰しかねないほどのインパクトを与えるのが芸能人の自殺だ。
「芸能人の自殺は社会的な影響が大きい」。中央自殺予防センターの白宗祐(ペク・ジョンウ)センター長が強く警戒するのが、有名人の自殺が新たな自殺を誘発する「ウェルテル効果」だ。
文豪ゲーテの名著「若きウェルテルの悩み」の主人公ウェルテルは失恋の末、自殺する。その絶望的な結末に、当時のヨーロッパでは連鎖自殺が相次いだという。その現象から生まれたことばだ。
白氏自身、精神科医としてウェルテル効果の恐ろしさを実感している。08年、人気女優チェ・ジンシルさんの自殺だ。「あまりにも多くの人が影響を受けた。誘発されて後追い自殺をした人は1000人を超えた。私も医師となって初めて患者を失った」
白氏の懸念は、いったんは収まったウェルテル効果が再び頭をもたげはじめたことだ。
韓国統計庁によると、18年の自殺による死亡者数は1万3670人と、前年比で1207人(9.7%)増えた。5年ぶりに増加に転じた。自殺率も26.6と、前年比で9.5%増となった。17年12月、人気アイドルグループSHINeeのジョンヒョンさんが自殺し、18年も俳優の自殺が続いたことが影響した。
芸能人特有の事情も
芸能人の自殺には特有の事情もある。インターネットで常に悪質な書き込みにさらされる。ク・ハラさんは恋人との裁判が格好の標的となった。恋人から私生活を撮影した映像を流出させると脅されていたと伝わると、映像を入手しようと求める書き込みが殺到した。
芸能人の育成システムにも問題がある。幼いころから寄宿舎生活でレッスンを積み、社会経験を積まないままスターダムにのし上がる。人付き合いも限られ、悩みを打ち明けられる親しい知人もいない。白氏は「芸能人は孤独で誰にも助けを求められない。所属事務所はタレントの命を守る特段の対策をとる必要がある」と強調する。
芸能事務所も手をこまぬいているわけではない。ある大手は「アーティストや研修生を対象に、心の健康に必要な教育カリキュラムを運営している」と語る。
ウェルテル効果を防ごうと韓国メディアも知恵を絞る。13年から適用された「自殺報道勧告基準」だ。自殺報道は最小限とし「自殺」という単語の使用は自制する。自殺を美化せず、具体的な手口は報じない。自殺という表現は「極端な選択」と置き換え、自殺をテーマにした記事の最後には、悩みを抱える人のための相談窓口の電話番号を掲載している。白氏も「自殺報道は劇的に改善している」と評価する。
自殺防止の道のりは遠い。ただ、そのための不断の努力は決して無駄にならないはずだ。
(すずき・そうたろう)
1993年日本経済新聞社入社。産業記者として機械、自動車、鉄鋼、情報技術(IT)などの分野を担当。2005年から4年間、ソウルに駐在し韓国経済と産業界を取材した。国際アジア部次長を経て、18年からソウル支局長。
いま韓国・北朝鮮で何が起きているのでしょうか。 朝鮮半島の情勢は、日本の政治や経済に大きく関わっています。 このコラムでは、いま日本が知っておくべき朝鮮半島の政治・経済の裏側や、日本社会への影響などについて、日本経済新聞独自の視点でお伝えします。