大分岐 K・ポメランツ著
世界4地域の近世以降を比較
グローバルヒストリー研究の代表作がついに翻訳された。2000年に刊行された本書は、ユーラシア大陸の東西両端の西欧と東アジアを相互に比較することで、18世紀を中心とする「近世」の世界史像を書き換える画期的な問題提起を行っている。
本書の論点は2つある。その1つは、18世紀の半ば1750年頃まで、西欧と東アジアの経済発展の度合いにはほとんど差がなく、「驚くほど似ていた、ひとつの世界」であったことを明らかにした。旧世界に散在した4つの中核地域――中国の長江デルタ、日本の畿内・関東、西欧のイギリスとオランダ、北インド――では、比較的自由な市場、広範な分業による手工業の展開(プロト工業化の進展)、高度に商業化された農業の発展を特徴とする「スミス的成長」が共通に見られた。資本蓄積のみならず、ミクロな指標として1人当たりカロリー摂取量、日常生活での砂糖や綿布消費量や出生率でも、これら4地域では差がなかった。比較対象として、中国全土でなく、最も経済が発展し人口密度も高かった長江デルタと西欧(現在のEU圏)に着目した点がユニークである。
第2は、ユーラシア大陸において発達した市場経済が、18世紀後半の人口増加に伴う生態環境の制約(エネルギー源としての森林資源の縮小や土壌流出など)に直面する中で、西欧だけがその危機を突破した原因を解明する。食糧・繊維(衣服)・燃料・建築用材のいずれを増産するにも、土地の制約に直面するなかで、イギリス(西欧)のみが、身近にあったエネルギーとしての石炭と、新大陸アメリカの広大な土地の活用によって、産業革命につながる社会経済の変革を実現できた。石炭と新大陸という全く偶然的な「幸運」があって初めて、西欧の台頭と工業化は可能になったのである。
本書は、ウォーラーステインの近代世界システム論に代表されるような従来西欧中心に語られてきた近代世界経済の形成を、近世東アジアの中国・日本と双方向的に比較し、西欧中心史観を相対化する視点の提示が挑発的で、論争を引き起こしてきた。斎藤修の近世日本経済史、杉原薫のグローバル経済史の研究成果も反映されている。翻訳が遅れたことで本書の「序文」には、15年におよぶ論争を通じた著者の見解の変化や最新の論点も収録されており、原書以上の価値がある。訳文も読みやすく、今後、アジアから世界史認識を書き換える可能性を秘めた話題作になるであろう。
(大阪大学教授 秋田 茂)
[日本経済新聞朝刊2015年7月19日付]