ポピュリズムにのまれた英国 「モデル国家」の凋落
欧州総局編集委員 赤川省吾
英与党の保守党は23日、ジョンソン前外相を新党首に選んだ。24日には英首相に就く。欧州連合(EU)からの「合意なき離脱」に突き進む無責任なリーダーに国家を託すという選択だ。米国に続いて英国もポピュリズム(大衆迎合主義)の波にのまれた。みえてくるのは「民主主義国家のモデル」とされた英国の凋落(ちょうらく)である。
人種差別、女性蔑視、イスラム教敵視――。奔放な言動で批判を浴びてきた。品格を問題視せず、恥も外聞もなくトップに選んだのは16万人の保守党員だ。ほとんどが白人で過半が55歳超。「偉大な英国」の郷愁に浸り、ブレグジットをジョンソン氏に託す。
「党首選を争ったハント外相より選挙に強い」というのも保守党にはプラスだ。だが気になるのは保守党だけでなく、英社会で「ジョンソン首相」への抵抗感が薄れていることだ。
英政府は18日、「合意なき離脱」なら2020年末までに国内総生産(GDP)を2%押し下げるとの試算を公表。多くの専門家が経済に悪影響があると警鐘を鳴らす。
ところが足元の失業率は4%を割り込む低さ。市民に危機感は育たず、首相就任を目前に控えた20日の「反ジョンソン・反ブレグジット」デモは盛り上がりを欠いた。
英経済界や金融関係者もあきらめムードだ。むしろ総選挙となって保守党が負け、主要産業の国有化を探る労働党のコービン党首が首相になることを恐れる。「左派政権より選挙に強いジョンソン政権のほうがまし」というわけだ。
目先のことしか考えていないと言わざるを得ない。産業が国有化されても英政治の風向きが変わればいつでも再民営化できる。だがEUから抜ければ後戻りは難しい。再加入には全加盟国の合意など高い壁が待ち受ける。
自らを過大評価し、EUの風下に立ちたくないという誇りに端を発するブレグジット。だが実現すれば皮肉にも国際的な地位はさらに低下する。
「将来は国連の五大国から英国が外されるかもしれない」と、ある国の対英外交の責任者は取材に対し語った。フランスはEUの代表として国連安全保障理事会の常任理事国であり続けるが、長期的にみれば英国は危ういとみる。
英国の親欧派が望みをつなぐシナリオがある。英議会が「合意なき離脱」を阻止。ジョンソン政権が行き詰まって総選挙となり、労働党とリベラルな自由民主党の連立政権が発足する。穏健な左派政権下で産業国有化もEU離脱も取り消しになる――。そんな算段だが希望的観測の域を出ない。
英国は日本にとって二大政党制、欧州にとっても安定した民主主義の手本だった。だが戦後最大の国難なのに危機感なき英社会はポピュリストの首相を許し、英国はモデル国家から政治リスクの震源地に転化した。
自らの自己中心的な世界観を揶揄(やゆ)する古い英国流ユーモアがある。「ドーバー海峡に霧が発生。欧州大陸は切り離された」。むかしから孤立したのは英国ではなく、欧州大陸だと読む英国。いま先行きは五里霧中である。(欧州総局編集委員 赤川省吾)