電力シフト時代、課題は耐性 気候変動で災害リスク増す
Earth新潮流 三井物産戦略研究所シニア研究フェロー 本郷尚氏
気候変動対策のカギとして世界的に打ち出されているのが電力への切り替えだ。背景には10年ほどで発電コストが4分の1になった太陽光発電や風力発電の増加がある。そこで改めて注目されるのが「電力レジリエンス」。電力システムが災害などで損なわれた場合でも、消費者に電力を届けるためのシステムの耐性(レジリエンス)だ。
いまや住宅やビルの暖房をはじめ、製鉄などの産業用エネルギーの切り替え、電気自動車(EV)の普及などでも電力シフトが進む。あらゆるモノがネットにつながる「IoT」も省エネへの期待で後押ししている。電力の役割は高くなり、21世紀は電気の時代と言ってもいいかもしれない。
しかし利用が増えれば弱点も生まれる。例えば、国際エネルギー機関(IEA)は数年前から、電力シフトのシナリオとその弱点を並行して分析している。
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まず太陽光発電や風力発電は天気によって発電量が変化する。需給バランスが乱れることで停電のリスクが高まる。
2つ目は、2015年などのウクライナの停電を教訓に、サイバーセキュリティー対策の必要性を指摘している。デジタル通貨の盗難や企業へのサイバー攻撃が珍しくないことを考えれば電力が攻撃の例外ということはないだろう。
3つ目は気候変動による気象災害リスクだ。被害を想像する手掛かりになるのが昨年9月の台風15号(房総半島台風)だろう。送電線や住宅につなぐ電線網などが大きな被害を受け、千葉県を中心に90万戸以上が停電となり、復旧に10日以上も要した場所もあった。
政府の事故調査委員会の調査で明らかになったのは、送電線の強度の前提が風速40メートルだったが、これを上回る最大瞬間風速70メートル、10分間風速50メートルの強風が吹いたことだった。設計強度を上回れば壊れるのは当然だ。
気候変動が現実となったとき、日本周辺では台風の数は減るものの、強い台風はむしろ増えるという。長い送電線と隅々まで張り巡らされた配電網が電力システムの基盤であり、被害の影響は連鎖的に広がりやすい構造だ。このような大停電が頻繁に発生してもおかしくはないのだ。
過去の気象や地形の影響などを考慮してその場所に応じて対策を考えると提案されたが、いずれ前提となる気象条件を見直し、対策を考えることも必要になりそうだ。
欧州連合(EU)や米国では既にエネルギーシステムにどのような気候変動リスクがあるかの分析を行っている。
例えばEUの分析によると、フランスなど欧州中西部では火力発電の冷却水不足で、イベリア半島では水力発電の水量不足で、それぞれ発電量が減少する可能性がある。また送配電網への気象災害はどこでもなど場所ごとにリスクの種類が指摘されている。こうした状況を受けて、イタリアの電力会社は複数の気候変動モデルを使って自社事業への影響を独自に分析し始めている。
石油が重要なエネルギー源であり産業になっている米国では、電力だけでなく、海上油田や陸上パイプライン、製油所など石油産業への影響も分析している。それぞれのエネルギー構造に応じた分析だ。
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日本は、EUや米国と異なり、エネルギーの海外依存度が高い。海外のエネルギー生産から海上輸送、国内での貯蔵など長いサプライチェーンのリスク評価が必要だ。
また、強風による風力発電のタワー倒壊や羽根の破損、洪水による太陽光発電水没などの被害も既に発生しており、再エネ発電の評価も必要だ。国民が求めているのはエネルギーであり、ガスや灯油などを含めたエネルギーシステム全体のリスクを分析すべきだろう。
気候変動影響の分析ツールは利用可能だが、データの蓄積や研究がまだまだ必要な分野であり、個々の分析にも費用がかかる。しかし何がリスクか、何が必要かを知ることは、合理的な対策を講じる第一歩であり、費用は惜しむべきではない。
例えば、送配電網の強度の前提を最大瞬間風速70メートルに引き上げれば被害のリスクを大幅に減らすことが可能だ。しかし膨大な投資が必要となる。「知る」ことで、強化以外の手法も含めた現実的な対策が可能となり、コスト節約と信頼性の両立を図ることができる。これこそ最終的にコストを負担する消費者への本当のサービスだろう。
「知る」ことの重要性は電力だけの話ではない。分析をすれば、投資回収期間の長いエネルギー、鉄道などの交通インフラ、あるいは農業・林業投資などと異なり、製造業、商業などでは「まずは今の気象を前提に対策を」となるかもしれない。必要な対策か過剰な対策か判断は難しいが、科学的な分析の大切さは全ての産業に共通する。
[日経産業新聞2020年3月13日付]
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