カンボジア、中国傾斜一段と EU制裁の影響緩和図る
【ハノイ=大西智也】欧州連合(EU)の欧州委員会は12日、カンボジアの野党弾圧を問題視し、無関税で輸出できる優遇措置の一部を8月に停止する制裁を決めた。EUはカンボジアの最大の輸出先で、主力の縫製業も部分的に制裁対象となる。EUに反発するフン・セン政権は雇用などへの悪影響を緩和するため、後ろ盾である中国への傾斜を一段と強めそうだ。
カンボジア外務省はEUの判断に関し「政治的なもので客観性と公平性に欠ける」との声明を出した。フン・セン首相は決定前の10日に「(EUは)カンボジアの人権や民主主義に意見をする権利はなくなる」と反発していた。
EUは発展の遅れた国を対象に、武器以外の全品目を無関税で輸出できる「EBA協定」を適用している。カンボジアも2001年から同協定の恩恵を受け、EUへの輸出額は約10倍に増えた。輸出の約45%(18年)がEU向けだ。
欧州委員会が問題視したのはフン・セン首相の野党に対する強権姿勢だ。すでに35年に及ぶ長期政権の維持を狙い、最大野党カンボジア救国党の幹部を逮捕したり、事実上の国外追放にしたりしてきた。首相の影響下にある裁判所も17年に同党の解党を命じた。
18年の総選挙では、有力野党が不在の中、フン・セン首相が率いるカンボジア人民党が議席を独占した。EUはこれまで制裁をちらつかせながら野党弾圧をやめるよう求めてきた。だが状況は改善せず、19年2月からEBAの適用取り消しの調査を進めていた。
8月に発動される制裁は輸出の約7割を占める縫製業のほか、旅行用品や砂糖など幅広い業界に及ぶ。貧困層に打撃が及ぶのを抑えるため、対象は同国の輸出総額の5分の1(年約10億ユーロ)にとどめたが、7%前後の成長が続く同国経済への影響は不可避だ。
カンボジア総合研究所の鈴木博最高経営責任者(CEO)は「部分的な制裁ではあるが、企業の雇用への影響は避けられないだろう」と指摘する。仮に欧米のアパレル企業が現地生産を打ち切れば、フン・セン首相の有力な支持母体である縫製業の労働者の離反を招く可能性もある。
フン・セン政権は中国との関係強化で影響を和らげようとしている。中国はカンボジアで高速道路などのインフラ投資や不動産開発を積極的に進めている。海外からカンボジアへの直接投資のうち中国が約7割を占める。貿易額全体も首位だ。
フン・セン首相は新型肺炎が広がる中でも中国路線の航空便停止などの措置を取らない意向を表明している。EUの判断を見透かしたかのように、5日に中国の習近平(シー・ジンピン)国家主席と北京で会談し、さらなる協力を確認した。
米国は現時点でEUに追随する動きは見せていない。米中貿易戦争の影響で19年のカンボジアからの対米輸出は前年比で4割拡大した。トランプ米大統領は昨年11月、フン・セン首相に「カンボジアの主権を尊重し、政権交代を求めていない」との書簡を送った。
EUは今回の制裁を一部にとどめ、カンボジアに状況改善へ圧力をかけ続けるとみられる。ただカンボジアが後ろ盾の中国との協力を深め、米国とも安定した関係を築くなかで、EUの思惑通りに進むかは不透明だ。