レースで好結果 仕事との両立がバネに
2月の東京マラソンでマラソンの日本記録が16年ぶりに塗り替えられた。2020年の東京五輪に向けてマラソン界に良い兆しが見えてきたが、この背景には公務員ランナーの川内優輝さんの活躍が少なからずあるのではないか。実業団に属さず仕事と両立しながら独自のスタイルを貫き、スポーツ選手としてのあり方に一石を投じたように思う。
彼のすごさは連戦にも耐えうる肉体的な強さと、レース後半に必ず巻き返してくる精神的な強さ。従来のマラソン選手とは異なり山岳走やウルトラマラソンに出場するといった柔軟な発想力の持ち主でもある。そこには公務員の仕事との両立においてさまざまな制約を強いられたことも大きく影響しているのではないかと思う。
川内さんにどうしても注目してしまうのは、私自身が公務員として働きながらトレイルランニング選手として国際舞台を目指していた体験と共通点が多そうに感じるからでもある。
公務員時代は毎朝、自宅から職場までの10キロメートルを通勤ランニング。午前の勤務が終わり昼休みのわずかな時間には30階ほどの階段の上り下りのトレーニングをし、残された数分で昼食を手早くすませる。午後の仕事も定時に終わることはほぼなく、深夜にクタクタになった状態で体にムチ打って自宅まで走って帰る、そんな日々。
仕事面では地域を盛り上げるプロジェクトの企画運営などに携われて大きなやり甲斐を感じていたし、競技面では世界で活躍することを夢見ていつも心は高ぶっていた。深夜の寒風吹きすさぶ道を走りながら、弱気になる日もあったのは確かだけれど。
他人と比べれば厳しい競技生活。それでも投げ出そうとは決して思わなかった。むしろ貴重な時間と引き換えにやっていると思うと、トレーニングにより集中でき、さらに効果のある方法はないかと真剣に考えるようになった。そして何よりもこのような制約のある環境のなかで耐えぬく心が育まれ、それは競技でのメンタルに生きた。
のちに40歳で公務員を辞めプロトレイルランナーとなった。あれほど忙しいなかでも成果を出せたという自信が今でも私を大きく支えているのを感じる。世界で結果を残せたのも公務員時代に厳しい仕事と両立できたおかげと断言できる。
日本では、競技スポーツの世界で成果を上げるにはまずは置かれた環境を整えることが大切だと考えがちだ。欧米では優れた仕事の業績をあげつつも競技と両立しながら国際的なレベルで闘っている選手が少なくない。おそらく時間的にも限られた環境下だろうが、優れた自己管理能力と柔軟な考え方で競技において成果を出すと同時に、競技で得た達成感や高揚感を仕事への高いモチベーションにつなげているのだろう。
そう考えると、スポーツ選手のキャリアはもっと柔軟で、多岐にわたるものであってもよいのではないかと思えてくる。
(プロトレイルランナー 鏑木毅)