春秋
文化は越境する。文字もボーダーを越える。米国で生まれ、日本語の小説を書き続けるリービ英雄さんはしばしばこう語っている。大陸の漢字を輸入し、それを変形して仮名をつくった古代の日本のことだ。自身も母国で万葉集の研究を重ね、やがて越境文学を開いた。
▼文化の受容と創造のプロセスを知ろうとするとき、万葉集は格好の素材であるに違いない。「熟(にき)田津尓(たつに) 船乗(ふなのり)世武登(せむと)……」。やまとことばの音に漢字を当てた万葉仮名を駆使しつつ、漢文そのままの文章も見える。いにしえのこの国が旺盛に外国文化を採り入れ、わが物としてかみ砕くのに苦心した足跡が読み取れるのだ。
▼全国の目を首相官邸に引きつけ、菅官房長官が披露した新元号の2文字は「令和」だった。万葉集巻五、梅花の歌の項の序文が出典だという。表記は漢文で、読み下せば「初春の令月にして気淑(よ)く風和(やわら)ぎ」。漢籍ではなく日本の古典から引いたのは歴史的だが、文化のクロスオーバーを象徴する典拠とみることもできよう。
▼そんな万葉集である。初めて国書から元号が生まれたとことほぐだけでなく、アジアと日本の文化の流れを大きな目で見つめる契機にすればいい。「令月」だってもとは漢籍にあり、梅の花を愛でる習わしもまた、海を越えてやって来た。外国人が増え、グローバル化が進む越境の時代にふさわしい「令和」かもしれない。