平成日本、失速の研究 日の丸半導体4つの敗因
編集委員 西條都夫
「逃がした魚は大きい」というが、平成の日本にとって逃した魚の代表は半導体だろう。米ICインサイツによると、1990年(平成2年)に日本勢の世界シェアは49%に達したが、2017年には7%まで落ち込んだ。米ガートナーが毎年発表する世界の半導体上位10社からも18年には日本企業が姿を消した。
半導体の重要性は言うまでもない。平成の初めに世界市場は約500億ドルだったが、18年は10倍近い4779億ドル(世界半導体市場統計)に伸びた。英エコノミスト誌は「データが21世紀の石油なら、それを有効活用するための半導体は内燃機関に相当する」とデジタル社会の中核技術に位置づけた。民生だけでなく国防でも戦略性は高く、米国が半導体技術の中国への流出に神経質になるのも故ないことではない。
なぜこれほど重要な領域で日本は敗戦を喫したのか。識者に取材し、4つの敗因をまとめてみた。
一つは「組織と戦略の不適合」だ。日本の有力半導体企業のほとんどは総合電機の一部門として出発した。当初はそれが一種の事業ふ化装置としてうまく機能したが、ビジネスが大きくなり、迅速で思い切った決断が必要になると、とたんに足かせに転じた。
ベテランアナリストで、今は日立製作所の社外取締役を務める山本高稔氏は「雑多な事業を寄せ集めたコングロマリットの経営速度では通用しなかった。投資決断が常に何歩か遅れ、規模も小さく、競争からはじき飛ばされた」。
「経営者の質」を問題視するのは元エルピーダメモリ社長の坂本幸雄氏だ。半導体のようなグローバルに戦う企業は、トップ自らがアンテナを世界に張り、必要なら現地に飛んで直接交渉する。それだけの人脈や能力が必要だが、「残念ながらそんな人はごくわずかだった」...