北極圏LNG参画 三井物産、ロシアへのこだわり
三井物産はロシアのガス大手ノバテクが北極圏で計画する液化天然ガス(LNG)生産事業に参画することを決めた。独立行政法人の石油天然ガス・金属鉱物資源機構(JOGMEC)と計10%出資する。三菱商事が参画を見送るなか、三井物産が参画した背景にはロシア事業へのこだわりと自信があったとみられる。1980年代から事業化に挑んだLNGの「サハリン2」は軌道に乗り、ロシアの事業会社数は15社と日系で最も多い。
「出資して本当にキャッシュフローは回るのか」「米国からの制裁が影響することはないのか」――。6月下旬に開いた取締役会で、出席者からはリスクを指摘する声が相次いだ。しかし、ロシア北極圏LNGの担当部署ではリスクを最小化する様々な取り組みを進めていた。
最大のリスクは米国の経済制裁。LNGは現在制裁対象外とはいえ、今後は読めない。三井物産は事前に欧米など複数の関係者からヒアリングを重ね、「(今回出資を決めた)北極圏LNG『アークティック2』が制裁対象となる可能性は低い」と判断した。
共同出資するJOGMECとも交渉し、両社の出資額2000億円超のうち、三井物産が25%、JOGMECが75%負担することで合意できた。JOGMECの出資上限は50%で、今回は特例措置を受けた。日本貿易保険(NEXI)の海外投資保険も組み合わせた。
ノバテクが参画を呼びかけた三菱商事は今回出資を見送った。「タイミングが合わない」(同社幹部)としており、米国の制裁などリスクを懸念したものとみられる。
三井物産がロシア北極圏LNGに参画を決めたのはロシアへの強いこだわりがあった。旧ソ連時代の80年代半ばからロシアに語学研修生を派遣し、現在でもロシア語を話せる社員は200人以上と業界トップクラス。ロシア極東の「サハリン2」も80年代から事業化に挑戦し、2009年から生産を開始した。エネルギー以外でもロシア最大手の製薬会社に出資するなどロシアに強い商社としての地位を固めている。
アークティック2は地政学や北極圏の気候影響など高いリスクは否めないが、将来の高いリターンが見込める。薙野太一ロシア天然ガス事業部長は「競争力のある資産ポートフォリオに合致した案件だ」と強調する。
アークティック2は陸上のガス田なので海洋と比べて掘削コストを抑えられる。主要機構を温暖な地で組み立てるモジュール工法も取り入れ、極寒の地での生産リスクも減らし、工期も短くする。17年に生産を始めた近隣の「ヤマルLNG」では当初予算内での建設を達成した実績も考慮した。
アークティック2は2023年から順次生産を始め、年間の生産能力は2千万トンを計画する。そのうち、三井物産が引き受ける200万トン分の販売先は未定だ。従来は需要家と長期契約を結んで供給するのが慣例だったが、北極圏に位置する立地を生かして需要が急増している中国などのアジアや欧州市場を開拓する計画だ。
課題は輸送コストだ。北極圏からアジアの輸送には東側からのベーリング海峡経由が約20日と最短だが、冬場は海面が凍結するため、年間のうち5カ月しか通れない。残りは輸送日数が36日かかる西側のスエズ運河経由となり、輸送コストがかさむ。今後、年間を通じて東回りで輸送できないか実証する計画だ。砕氷船を用いた東回りのルート開拓を検証する。
世界的な環境規制を受け、極東に集中していたLNGの消費は世界に広がるとみられる。米国による対ロ制裁の懸念が消えたわけではない。しかし三井物産はロシアビジネスに精通した自負を胸に、新たな成長の道筋を描くためにロシアに挑むことを選んだ。
(企業報道部 世瀬周一郎)