総合取引所、原油巡り溝
省庁間の権益争い、また表面化
日本取引所グループ(JPX)と東京商品取引所(東商取)が基本合意した総合取引所の設立に省庁間の権益争いが再び表面化している。焦点は原油先物だ。証券と商品を同じ規制下で取引し、市場の活性化を目指す――。お題目とは裏腹に取引業者の離反を招きかねない事態になっている。
「原油先物だけ(東商取に)残るなら東商取での取引はやめてもいい」。楽天証券の楠雄治社長は憤りを隠さない。憤りの理由はJPXと東商取が決めた統合の合意内容にある。
東商取が上場している貴金属先物や農産物先物はJPX傘下の大阪取引所に移し、証券と同じ金融商品取引法で規制する。ところが、原油先物など石油関連商品だけは東商取に当面残し、商品先物取引法で管理する。
同じ商品先物にもかかわらず、貴金属・農産物と原油で2つの規制に分かれる。商品先物業者からしてみれば、原油先物はこれまで金先物などと同じ規制で取引できたのに、今後は別々の規制に分かれることになる。
楽天証券はJPXと東商取の両方で取引する数少ない業者の一つだ。楠氏は「原油先物だけのために東商取のシステム維持や売買に伴う手数料のコストを負担する理由はない」と話す。取引業者が減れば流動性が低下し、売買がさらに細る悪循環が起きかねない。市場の活性化どころか、衰退さえ危惧される。
商品先物の専業会社からも原油先物を、他の商品と同じ規制下で取引できるような特別措置を求める声が上がる。ただでさえ商品先物業者は金融商品取引法やJPXの清算体制への対応で負担が大きい。ある商品先物業者の首脳は「なんらかの措置がなければ数年で立ちゆかなくなる業者が出てきてしまう」と危機感を示す。
総合取引所は証券先物と商品先物を同一の規制と取引所で扱い、利便性を高めるのが狙いだ。両陣営が合意したことで、ようやく世界の有力取引所と対等に競争する素地が整うはずだった。
立ちはだかったのは省庁の壁だった。
交渉が大詰めを迎えていた3月中旬、原油先物の大阪取引所への移管に強く反対したのは経済産業省だった。政府が国策として掲げる「総合エネルギー市場」には原油先物が欠かせないとの立場だ。東商取では9月にも電力先物の試験上場が始まる見通し。大手電力会社など当業者がヘッジ手段として原油先物を売買するニーズを見込む。経産省幹部は「電力と原油は一緒に取引できた方が利点が多い」と話す。
ただ額面通りに受け取る向きは少ない。原油先物がなければ、電力先物上場まで東商取の売上高はほぼゼロになる公算が大きく、収益源を確保したいとの思惑が透ける。東商取トップは6代連続で経産省のOBが就く。
一方、JPXは金融庁とともに後に引かない。JPX、傘下の大阪取引所、東商取のトップが基本合意で手を握り合った3月下旬の記者会見。JPXの清田瞭最高経営責任者(CEO)は、原油先物を東商取で取り扱うことに「総合取引所のメリットが減る」と不満をあらわにした。
JPXは秘策を温める。東商取が上場するのはドバイ原油先物だ。これに対してJPXは、国際的な投資商品である北海ブレントやWTI(ウエスト・テキサス・インターミディエート)先物を大阪取引所に上場させる計画を持つ。上場には経産省の同意が必要であるなど協議が必要だが、JPXは国際的な投資家のニーズがあると踏む。
今後、JPXと東商取は2020年上半期をメドに商品移管を終え、総合取引所の発足を目指す。ただ両取引所のすべての先物の出来高を足し合わせても世界最大手のシカゴ・マーカンタイル取引所(CME)とは約12倍の開きがある。中国では18年に人民元建て原油先物取引が始まった。商品移管で小競り合いする間にも世界の背中はどんどん遠のいている。(須賀恭平、南畑竜太)