「高専生は日本の宝」 AI時代を引っ張る強みあり
松尾豊・東大特任准教授に聞く
ニッポンの産業界の浮沈に関わるとも言われるディープラーニング(深層学習)や人工知能(AI)分野の人材育成。この分野に詳しい松尾豊・東京大学大学院特任准教授は「高専生の能力をもっと生かすべき時が来ている」と強調する。なぜ、高等専門学校生をそれほどまでに高く評価しているのか。松尾氏の研究室に訪ねて聞いた。
――身近に優秀な高専出身者がいるのですか。
「いる。研究室で『優秀な学生だな』と思い、『どこの出身?』と聞くと『どこどこ高専です』『高専でロボコンやってました』と答える学生が多い。これまでに研究室には高専出身者が10人ほどいて、本当に外れがなくて優秀だ」
――専門のディープラーニングと高専出身者の能力は親和性があると。
「その通りだ。ディープラーニングの研究はロボティクスのような機械などのリアルな世界の方向に進んでいる。自動運転、医療画像、顔認証など画像認識にはイメージセンサーやカメラが必要だ。電気や機械の基礎知識を習得した高専出身者は強みを発揮できる」
「ディープラーニングを学んでから電気や機械を学ぶよりも、逆の順の方がはるかに簡単で身につきやすい。電気や機械の基礎を学ぶには1、2年はどうしてもかかるが、ディープラーニングはあっという間にできるようになることがある。これからのAI時代の三種の神器は電気、機械、ディープラーニングだ」
「高専出身者は、とにかく手が動く。普通に東大に入学した学生は口はうまいが、やらない。高専出身者はとにかくやってみて、結果を私のところに持ってくる。こちらも的確な指導ができて、次のチャレンジにどんどん進んでくれる。いろいろなモノを使えるようにする実装力がある。プロジェクトのリーダーとしてもふさわしい」
――高専の教育システムがよかったのですか。
「ぼくからすると、この日のために高専があるといってもいいくらいだ。『よくぞ(日本固有の高専教育を)作ってくれていたなぁ』と思う。高専は高度成長期に製造業の現場を強くしようとする目的で作られた。今のイノベーションの素養と高専教育が一致している。聞けば聞くほどよくできたシステムだ」
「高専生は日本の宝だ。こんな人材が毎年1万人も輩出していることはすごいことだ。ただ残念ながら高専自身がその価値に気づいていない。高専生は『自分たちがすごいところにいる』と認識してほしい。20歳そこそこで活躍の場が大きく広がっている」
「高専生のモードを変えたい。大企業に就職するよりも今は(米フェイスブック創業者の)ザッカーバーグ氏のような人材になれるかどうかの時代だ。ロボコンなどの競技会に打ち込む熱量があればいろいろなことができる。例えば排せつ介助ロボットを開発して実現すれば超巨大な市場となる。AIコンテストのような大会をやってみたいと思っている。優勝者が起業したら数十億円の企業価値になるだろう」
――そんな活躍の場があるのでしょうか。
「ある。高専は日本全国に分散しているのもいい。地方には優良なハードウエアメーカーがたくさんある。あまり知られていないがグローバルニッチな会社もある。そこにはAIの人材が求められている。地方創生のいい形が作れる。もし高専生が会社を作って地元の企業と組めば、東京からベンチャーキャピタルが入ってくる。地方には潜在的な能力があり、これからの日本を変えていくだろう」
「8月から私の出身県でもある香川県の三豊市と香川高専と松尾研究室がディープラーニングを活用した地域活性、人材育成に向けた実証研究の連携協力の合意書を交わした。香川高専とともに製造業、建設業、農業などが抱える問題に取り組む。こうした連携を全国に広げていきたい」
聞き手から一言
日本でのAI、ディープラーニングの大家がこれほどまでに高専出身者の能力を買っているのは、日本のこの分野での先行きに不安と危機感を抱いていることの裏返しではないだろうか。若くて理系・技術系の素養を持つ人材をもっとこの分野に早く引き込まなければ、日本は立ち遅れていくと、警鐘を鳴らしているようにも聞こえる。
次代を担う可能性のある高専生により活躍してもらうためには教える側の意識改革も必要だろう。これまでの日本の製造現場を支えてきた高専教育だが、産業構造の変化に合わせてより柔軟に新しい活躍の場を学生たちに提示する取り組みが求めらる。
(編集委員 田中陽)
[日経産業新聞 2018年11月14日付]
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