鉄道100年の運行制御、デジタルで一新 仙台で稼働へ
JR東日本が世界初のシステム、10日から
100年以上続いた鉄道安全運行の仕組みが大きく変わる――。東日本大震災で甚大な被害が出た宮城県の仙石線(仙台―石巻間、総延長52キロメートル)。東日本旅客鉄道(JR東日本)が今月10日にも、同路線の一部でデジタル無線を使った世界初の列車制御システムの運用を始める。通信で各列車が自ら把握した位置情報を集約、運行指示も出すため、信号機など地上設備を大幅に減らすことができる。列車の運行管理は中国の鉄道事故でも問題になるなど安全の根幹。JR東日本は、世界展開も視野に新システムの実績をつくっていく考えだ。
「列車同士の間隔調整から踏切まで、制御の仕組みが大きく変わる。世界的にも最先端なのは間違いない」。新システム「ATACS(アタックス)」を担当するJR東日本・鉄道事業本部電気ネットワーク部の馬場裕一課長は新たに導入する仕組みの革新性をこう表現する。
鉄道は19世紀後半から100年以上、路線を複数の区間に分けて、他の列車が同じ区間に入らないようにすることで衝突事故を防いできた。線路に電流を流すことで、特定の区間内に列車が存在するかどうかを確認。もし列車がいた場合、地上に設けた信号機で各列車の運転士に同区間には入らないよう指示する形式が長い間主流だった。
ただこの仕組みでは、レールに電流を流したり信号機を作動させたりするため、線路周辺に多くの配線や機器が必要となる。屋外の設備が多いほど設置・保守の費用に加え、信号故障などのトラブルも増えてしまう。「地上設備をいかに減らすかは鉄道にとって長年の課題だった」(同課長)。また前の列車と十分な距離があっても、「次の区間」に列車がいれば進めないため、効率的な運行にも限界があった。
今回のシステムはこうした「ボトルネック」を根本から変えてしまうものだ。
まず列車の位置は列車上のコンピューターが自ら割り出す。路線には一定の距離ごとに位置情報が入った小型装置「地上子」を置き、そこを通過したときを基点に速度などからどの地点まで走ったか計算する。地上子と列車の距離は、誤差0.5%以内の範囲で把握できるという。
列車同士の間隔を保つ仕組みも信号機が要らない全く別のものになる。列車はデジタル無線で駅にある運行拠点に自らの位置を送信。拠点からは前の列車の位置をリアルタイムで列車側に伝え、列車はその位置情報と加減速といった自らの性能を踏まえて、適切な距離を保てるよう走る。
これまで運転士に口頭で伝えていた風雨などによる臨時の速度制限の指令も、新システムではデジタル情報として送るようになる。また踏切の開閉も、今までは地上の設備が列車を検知して制御していたが、列車が自らの速度や場所をもとに信号機に無線で指示を出すようになる。一連のシステムに置き換えることで、地上の設備が大幅に減り、情報もこれまで以上に正確に伝わるという。
JR東日本が開発チームを立ち上げ、新システムの技術研究を始めたのは1995年。インターネットや携帯電話などに代表される無線通信技術が普及し、コンピューターの処理性能も急速に高まってきたころだ。システムの基本的な概念は以前からあったが、「安全にかかわるだけに、通信機器の品質や性能が高まることが開発の条件だった」(同社)。
今回、新システムが導入されるのは仙台と石巻を結ぶ仙石線のうち、仙台寄りのあおば通(仙台市)―東塩釜(宮城県塩釜市)間の約18キロメートルだ。ほかの路線から乗り入れる列車が無く、通勤路線であるため将来の首都圏での導入の先行例にすることができることから選ばれた。97年以来、実用化を目指して運用試験を何度も繰り返してきた区間だ。
今春までには、仙石線で使われる全編成にコンピューターなどの車載機器を設置し、地上設備の工事もすべて終えた。そして3月末の運用開始を控えた3月11日に襲ったのが東日本大震災だ。
仙石線も津波や揺れで大きな被害を受けた。沿岸部では、いまだ復旧できていない区間もある。新システム関連でもアンテナの変形や駅の設備の浸水に見舞われた。一部の列車が流されたり、線路上に取り残されたりもした。新システムの稼働も、運転再開に向けた復旧活動などに追われ、半年遅れてしまった。
その後9月25日の運用開始が決まったが、台風被害の復旧を優先させるため再延期。10月10日に運用を始める予定がこのほど決まった。まず列車の間隔制御など基本的な部分から新システムを使い始め、来年には速度制限や踏切の制御も始める方針だ。1年以上かけて保守コストなどの運用状況をしっかり見極め、近い将来の首都圏通勤路線での導入につなげたい考えだ。
無線を活用した鉄道の運行システムは欧州などでも研究開発が進んでいる。ただ、「運行間隔から踏切の制御まで、これほど幅広く1つのシステムでつかさどる仕組みを実用化した例はなく、日本の技術力を示す機会にもなる」(加藤尚志・鉄道事業本部電気ネットワーク部課長)。JR東日本は「今後興味を持ってくれる鉄道事業者があれば、国内外を問わず使ってほしい」とオープンな姿勢をみせている。新技術が鉄道の安全管理の新たな「デファクト・スタンダード(事実上の標準)」へと成長できるか。被災地の路線での取り組みということもあり、関係者の期待は大きい。
(電子報道部 宮坂正太郎)
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