サッカー南米選手権辞退…日本が歩み始めたイバラの道
編集委員 武智幸徳
南米最強の代表チームを決める7月のコパ・アメリカ(南米選手権、開催国アルゼンチン)にゲストとして招待されていた日本代表が出場を辞退した。4年に一度のビッグイベントへの参加を見送ったことは南米連盟を大きく失望させ、外交的には大きなマイナスだろう。強化の面では、アウェーの地でしたたかな南米勢と丁々発止のやりとりをする機会を失う一方で、「欧州組に休養」という見返りを得ることになった。
辞退の理由を次々に
5月17日、東京・文京区の日本サッカー協会(JFA)で行われた辞退会見。出席したJFAの小倉純二会長と原博実技術委員長(代表担当)からは辞退の理由が、ところてん式に語られた。
いわく、長友佑都(インテル・ミラノ)、内田篤人(シャルケ)ら欧州在住の日本選手がそれぞれの所属クラブで戦力的に非常に期待される存在になったこと。来年夏、ユーロ(4年に1度、欧州最強の代表チームを決める大会)が開かれるために来季の各国リーグの開幕が2週間ほど早まり、それに備えてキャンプも前倒しで行われること。そのキャンプに日本選手は最初から参加して、しっかり新シーズンに備えてほしいこと。コパに出ることは、そうしたクラブ側のプランに水を差すこと……。
日本はほとんど"手ぶら"…
日本はリストアップした15選手が所属する欧州の11クラブと直接、書面や電話などを通じて交渉したが、結局、クラブ側を翻意させることはできなかった。
震災からの復興などに絡めて情理を尽くしたというものの、交渉とはしょせん「ギブ・アンド・テーク」。情理に「利」も絡めないと、首を縦に振らせるのは難しい。ここでJFAに「貸し」を作ることで何かメリットがある。そう具体的に思わせたかどうか。欧州のクラブ側からすれば、日本はほとんど"手ぶら"に見えたのではないだろうか。
JFAと南米連盟が期待したFIFA(国際サッカー連盟)の側面支援もほとんどなかったようである。ワールドカップ(W杯)のアジア予選、アジアカップのようなAFC(アジアサッカー連盟)の公式大会なら、JFAはクラブに対し選手をリリースさせる権利を持つ。
FIFAも及び腰
しかし、コパは南米連盟の公式大会であり、ゲスト参加のJFAはクラブに対し何の強制力も発揮できない。それゆえに、FIFAの何らかの形でのプッシュを期待したのだが、FIFAはアルゼンチン代表のメッシ(FCバルセロナ)の北京五輪出場に絡んで、拒むバルセロナとスポーツ仲裁裁判所(CAS)で争い、敗訴した苦い経験がある。選手派遣に絡んでクラブともめるのは、もうこりごりなのか、今回はどう見ても及び腰だった。
辞退会見では記者団との間で、さまざまなやりとりがなされたけれど、感慨深かったのは原委員長が会見の半ばでさりげなく語った次の一言だった。
「(選手が)集まってやるだけが強化の方法ではない」。原委員長の信念、時代の節目を感じさせる一言に思えた。
大震災で当初プランが吹き飛ぶ
もともと、原委員長と日本代表のザッケローニ監督の間では、コパ・アメリカの日本代表は、人数の上ではJリーガー(国内組)を主とし、欧州組を従とすることで合意ができていた。所属クラブに派遣を拒否される可能性は高いものの、欧州の中にも協力的なクラブはあるから、その中から必要な選手を選び、国内組と合体させる。そういう腹積もりだった。
その考えに沿って、Jリーグもコパが開催される7月はJ1の中断期間に当て、協力態勢を敷いていた。そのプランは3月11日の東日本大震災で吹き飛んだ。
日本サッカーは岐路に立たされた。コパ出場を最優先にするなら、7月に日本代表をアルゼンチンに送りつつ、Jリーグも行う。これしかない。
出場の道を再度探り直したが…
だが、Jクラブが猛反発した。震災の影響でただでさえ減収要因が多いのに、ここで各クラブの看板選手である代表組まで抜かれてリーグを行うのは無理があると。リーグ軽視に過ぎると(個人的には愛するクラブの愛する選手に"コパで頑張ってきて"と願うサポーターも結構いたのではないかと思うのだが……)。
それで一度は辞退を決めたが、南米連盟とホスト国のアルゼンチン協会が「欧州組の招集を支援する」と約束、JFAが翻意した。人的バランスを欧州組が主、国内組を従にする形に切り替えて出場の道を再度探り直したわけである。
会見で原委員長は「(欧州組の中には)試合を見て、実際に話してみて、正直これ以上は無理という選手がいた」と話した。
長友ら出ずっぱりの選手も
確かに長友のように昨年2月の東アジア選手権から3月のJリーグ開幕、W杯、今年1月のアジアカップ、その後のセリアA(イタリアリーグ)の戦いと1年半、ずっと出ずっぱりの選手がいる。
W杯は精勤していないが、不慣れな新天地で1年目から奮戦し続けた内田、岡崎慎司(シュツットガルト)の心身の疲労も半端ではないだろう。
辞退することに決まって、原委員長の様子がどこか、ほっとして見えたのは(私の目の錯覚なら申し訳ないが)、次のような思いがあったからではないか。
しっかり休み英気を養う
疲労が極限にまで達した選手をここはしっかり休ませて、新シーズンに向けて英気を養ってもらう。キャンプで監督の意図をくみ取り、レギュラーの座を盤石にしてもらう。試合にコンスタントに出てもらう。それが秋のW杯予選に向けて一番いい準備になる……。それはそれで筋の通った判断といえる。
原委員長はスペイン・サッカーが大好きな人である。根っこのところで汎ヨーロッパ主義へのシンパシーがあるのかもしれない。代表強化に関していえば、欧州の強豪国なら、さっと集まって、さっと試合をして、さっと帰っていくのが当たり前になっている。
代表の拘束日数を減らす方向にシフト
クラブの権益に配慮して、代表の拘束日数を減らす方向にシフトしている。イバラの道ではあるが、日本もそうなることが一流の証し、という意識があるのではないだろうか。選手を長期に拘束してキャンプをやって大会に臨む、そんなやり方はもう時代に合わない、と。
日本代表にこれだけ欧州組が増えた今、原委員長が欧州と同じ発想で強化を考えるのは無理からぬことなのだろう。
もう、日本は、ヨーロッパという傘の中に組み込まれてしまったのである。そう考えると、これからは負の問題も抱え込むのではないか。Jリーグに比べると、やはり競争は激しいから、試合に出る、出ない、の変動差は大きい。長友や内田のように出たら出ずっぱりになり、いずれ勤続疲労、慢性疲労にとらわれるかもしれない。欧州でプレーしていてW杯になると、コンディション不良で本大会はさっぱりという選手が一定数必ずいる。そういう問題に早晩、我々も直面するのだろう。
ミスマッチがあると大変
日本は過去のW杯では国内組が多かったから、たっぷり大会前に準備の時間を取れてきた。そういうアドバンテージもなくなるかもしれない。
良い材料は、ザッケローニ監督がそういう代表強化に慣れた国(イタリア)の人、ということである。チームを、選手を、育てるというより、セレクターであり実戦部隊の指揮官タイプの監督。ここにミスマッチがあると大変なことになる。
もう愚痴は許されない
技術委員長が拘束日数を減らすことを考えても、監督が「選手を集めて練習ができないから強くなれない」ではシャレにもならない。
「代表としてまとまった練習時間がほしい」という不満は、たっぷりと鍛錬の時間が与えられたトルシエ監督以外、歴代の代表監督はみんな言っていたこと。そういう愚痴は、これから聞かなくてすむ、というか許されなくなる。