「涼宮ハルヒ」にアジアが行列 出版各社が攻勢
小説、5カ国・地域で同時発売
出版社が中国などアジア各国でライトノベル(若者向け小説)や雑誌、漫画など主力商品の販売を加速している。角川グループホールディングスは5月末、ライトノベル「涼宮ハルヒ」シリーズの新作をアジア5カ国・地域で同時発売。講談社は4月、女性誌「グラマラス」の提携誌を台湾、香港へ展開した。いずれも国内でも好調な出版物だが、日本の若年層人口が縮小するなか、日本の出版社のコンテンツに関心の高いアジアでの普及を狙っている。
角川は先月25日、「涼宮ハルヒ」シリーズの新作「涼宮ハルヒの驚愕(きょうがく)」を日本、韓国、台湾、香港、中国の5カ国・地域で同時発売した。新刊書籍の同時発売は、同社として初の試みだ。
同シリーズの4年ぶりの新作とあって発売当日には深夜営業する書店も現れ、各国でファンが行列を作った。初版の国内での発行部数は前編後編2冊合計で102万部、海外を合わせると約130万部と、ライトノベルで史上最多だという。
作者の谷川流氏から角川に、新作が完成したという連絡が入ったのは昨秋。国内だけならすぐにでも発売できたが、角川は谷川氏の了承を得たうえで、あえて半年遅らせてでもアジアで一斉に発売すると決めた。
「涼宮ハルヒ」シリーズは、これまで世界で計1650万部(国内はうち800万部)を売り上げている大ヒット作。「過去の作品は15カ国で翻訳されており、新刊を待ち望むファンにいち早く平等に届けたかった」と角川書店の井上伸一郎社長は話す。
海賊版を抑止
同シリーズはアジアでの認知度が高い作品であるだけに、角川は海賊版の広がりを懸念していた。これまでも日本で新刊が出ると、翻訳されたストーリーがネットで公開されるという海賊行為が後を絶たなかった。「発売日を国内と同時にすれば、海賊版対策にも効果があると思った」(井上氏)というのも狙いの一つだ。
アジア同時発売に先駆けるように、角川GHDは昨年5月、中国・広州に49%を出資する合弁会社を設立した。これまでライトノベル70タイトル以上を翻訳・出版し、市場の大きさは確認済みだ。今後は涼宮ハルヒ関連のオリジナルの雑誌の創刊や、キャラクターグッズを発売する計画もある。「将来的には、新刊と同時に電子書籍も世界中で販売する展開も検討したい」(井上氏)
講談社は4月、香港と台湾で現地の出版社と組み、女性誌「グラマラス」の提携誌を始めた。いずれも日本版の翻訳部分が7~8割、現地オリジナルの記事が2~3割ほどの部分を占めている。同社はこれまでも台湾、香港、中国、タイの4地域で「ViVi」「VOCE」「with」など主力女性誌を展開しており、なかでも中国版ViViは年間100万部近くを売り上げている。
「月光族」が支持
中国版ViViは19~25歳をターゲットにしており、流行に敏感な「月光族」(貯金をせず、毎月の収入を使い果たす若者たちを指す中国語)に支持されているという。同社の野間省伸社長は「デジタル化に並んで、コンテンツの海外展開は重要な戦略の一つ」と話しており、今後も電子版を含めた人気コンテンツの"輸出"を進めていく方針だ。
集英社は5月15日から、中国・杭州で発行されている新聞「銭江晩報」で人気漫画「ONE PIECE」の連載を始めた。第1話から掲載し、連載期間は未定という。
同作は累計発行数が2億冊を超えた国内有数の大ヒット漫画。中国でも600万部を販売している。漫画の出版を手がける中国の出版社と、今回の新聞社がグループ会社だったため掲載を許諾した。「中国での普及と、市場拡大につながれば」(集英社)と狙いを話す。
涼宮ハルヒもONE PIECEも、出版社にとっては業績をも左右しかねないキラーコンテンツの一つ。ただ国内だけをターゲットにしていては、今後大きな市場拡大は期待できない。官主導の「クール・ジャパン」に後押しされるまでもなく、成長が期待できるアジアへの展開を急ぐのは、各社にとって必然的な流れなのかもしれない。
(砂山絵理子)
[日経産業新聞2011年6月10日付、一部加筆]