電力不足回避へ「デンキ予報」、精度9割で使用量予測
市民が「体感」をネット投稿 気象情報会社などが提供
この夏、東日本大震災に端を発する原子力発電所の相次ぐ停止で電力の供給不足が懸念されている。東京電力などは企業や家庭に節電を要請しているが、もし猛暑になれば深刻な電力不足に陥る恐れもある。そこで「天気予報」と並んで注目されているのが、「電気予報」。東電やヤフーなどが電力需給の予想を配信しているが、その中で最もユニークなのが気象情報会社、ウェザーニューズが5月初旬に始めた「デンキ予報」だ。インターネットで日本中の一般市民から情報を集め、1時間単位の電力使用率などを公表している。ネットの「集合知」を活用したサービスの舞台裏を探った。
「デンキ予報」の最大の武器はハイテクではなく、一般市民がネット投稿してくる「皮膚感覚」に尽きる。現在いる場所の「晴れ」「曇り」「寒い」「暑い」といった気候や体感を携帯電話サイト経由で送ってもらう。
これに気象や電力の様々なデータを加え、独自開発したアルゴリズム(計算処理手順)で数値をはじき出す。さらに専門社員が分析することで、1時間ごとの電力使用率や電力消費がピークとなる時間などを割り出す。
市民からの実況報告というアナログな情報とデジタル的な分析手法を組み合わせて、「ただ今の電力使用率は80%」「ピーク予想は20時」などの予想を専用サイトで公表している。
「2005年ころから消費者の気象リポートを集めてきた当社だからこそできること」と電力気象チームの武井弘樹リーダーは言う。同社は以前から、一般市民が携帯電話から投稿するリポートをもとに、直近数分から3時間の天気実況、予報をする「ウェザーリポート」を提供している。地域気象観測システム(アメダス)など気象データに加え、利用者の「雨が降ってきた」「蒸し暑い」といった実況や体感を集めて公表している。多いときでは1日2万5000件ものリポートが届く。
「夏の電力危機を回避するために、市民の声を生かしたサービスができないか」。社内でこんな声があがったのは、東電福島第1原発の事故が一段と深刻になっていた4月中旬のことだった。電力会社向けに天気予報や着雪、塩害などの可能性を知らせる「電力気象チーム」を中心に、精度の高い「デンキ予報」の技術を確立した。
具体的には、東電の電力使用状況と、利用者から届く「暑い」「寒い」などの報告をもとに作る「体感指数」を掛け合わせ、電力使用量を予測する。簡単に言えば、屋内にいて「暑い」と感じる人が多ければ、冷房使用量が伸びる可能性がある、といった具合だ。体感指数には前日からの天気や気温の変化なども加味する。前日に比べて気温が大幅に上がれば、同じ気温でも暑いと感じる人が多く、冷房などの使用が増えるという。
デンキ予報が狙ったのは、予報を見た人が自発的に節電に動く「心理的効果」だった。一般の人からは「こまめに部屋の照明を消すなど節電を意識するようになった」という声が多く寄せられる。小売店などからも「消費者の動き方を知る上で参考にしている」と言われることが多くなったという。予報精度は9割以上と高い。ただ今後気温が高くなって電力需要が上がると予想の難度が一気に高まるそうで「リポートをベースに数字をリアルタイムに補正し、精度を高めていきたい」(武井氏)と話す。
「デンキ予報はまだ成長途上。電力不足が懸念される夏に向けて、新機能を追加する」と武井氏は話す。例えば電力使用率が95%を超えると停電の可能性が高まるが、その時には節電を呼びかける緊急メールを会員に通知する仕組みなどを今後、整備していく。個人でもできる節電のノウハウを共有したり、節電を呼びかけた場合にどのくらい効果があったかをデータ化したりする機能も追加する予定だ。
さらに高度なシステムに発展させる計画もある。「今、大手町の高層ビルにいる」「電車で移動中」といった投稿者の現在地を分析し、その位置情報を参考に、より精緻な電力予測をする仕組みだ。オフィスや電車の中から「寒い」「暑い」という体感を投稿してくる人々が偏っていたら、空調にムラがある可能性がある。その情報をビル管理会社や鉄道会社に提供して、効果的な空調管理と省エネに役立ててもらおうというのだ。
デンキ予報は東電やヤフーも提供しているが、ウェザーニューズでは一歩進んだ独自の技術開発に力を入れている。自家発電をしている工場向けなどに「日射量」を解析するサービスの実用化もその一つだ。「ひまわり」などの衛星で太陽光の波長を分析。地球に届く日射量を割り出して、工場などが自家発電と購入量のバランスを考える目安として提供している。最先端技術と消費者リポートの融合によって、他社がまねできないサービスを創出していくという。
ネットで消費者の「知恵」を集め、世の中のトレンドやマクロ経済の動向を知る手法を「集合知」と呼ぶが、電力不足に関するサービスを手掛けるのはウェザーニューズだけではない。
質問・回答サイトを運営するオウケイウェイヴには震災後、節電や復興支援に関する投稿が多く寄せられるようになった。同社が運営しているサイトの一つで、消費者が好きなテーマをガイド風に紹介する「OKGuide」で「節電」と検索すると300件ほどのノウハウが表示される。「グリーンカーテンの作り方」「ソーラークッキング(太陽光での料理)の方法」などで、中には数万単位で閲覧されたものもある。
投稿する人の動機は「自分の知恵を、多くの人が知って活用してほしい」ということ。金銭的なメリットはない。それでも投稿数は増え続け、サイトの閲覧者数は震災前の1.5倍で推移している。
オウケイウェイヴ事業戦略部の徳永達磨氏は「見るだけでなく実際に試してみてほしい。そして自身の経験とその感想をフィードバックしてほしい」と呼びかける。
交流サイト(SNS)大手ミクシィの「mixi」でも電力不足に関する知恵が共有されている。mixi内のコミュニティーである「東京電力・東北電力計画停電節電」は3月13日に立ち上がり、現在2万5000人以上の参加者を抱える。
そこでは「暑さ対策にすのこを買ってみたのですが、雨にぬれても大丈夫でしょうか」「待機電力を減らすにはどうしたら良いでしょうか」など、活発なやり取りが交わされている。
利用者の投稿を集めて公開するサイトは「コンシューマー・ジェネレーテッド・メディア(CGM)」などと呼ばれ、2000年ごろから増え始めた。最近では「ソーシャルメディア」という言葉の普及とともに、ネット上の衆知を求めて多くの人が日常的に利用する。価格比較「価格.com」やグルメの「食べログ」、化粧品「アットコスメ」、レシピの「クックパッド」、旅行の「フォートラベル」をはじめ、映画や音楽、書籍のクチコミサイトなどジャンルも多様化している。
今回の震災をきっかけに話題になったガソリン比較サイト「gogo.gs」は、ゴーゴーラボ(東京・品川)が運営している。全国各地のガソリン価格を利用者の投稿によって集約、サイトで公表している。登録会員は約34万人。1カ月で8~9万件の価格データが投稿されるほか、数百件の店舗情報が更新されるという。
このサイトは震災直後の3月13日に、どこのスタンドでガソリンが売っているかが分かる「災害時営業情報」の提供を始めた。「ガソリンがなくて身動きが取れなかったので、助かった」という意見がある一方で、「近所には長い渋滞ができて迷惑」という指摘も寄せられたという。
電力会社や経済産業省なども節電を呼びかけている。だが、一方的に告知するだけでは、生活者の自発的な節電行動を促すには力不足かもしれない。電力を大量消費するのも節電するのも選択肢を持つのは一般の市民たち。一人ひとりの節電の積み重ねがこの夏の電力危機の回避につながる。非常時にこそネットを触媒とした「ソーシャルパワー」が試される。
(産業部 砂山絵理子)