歴史と偶然から生まれた小さな巨人メッシ
サッカージャーナリスト 原田公樹
最近、動画投稿サイト「ユーチューブ」で世界中の「驚きの少年」が話題になっている。10歳に満たない少年が、サッカーの試合で巧みなドリブルやフェイントで相手を抜き去り、また絶妙なターンで味方をも欺く。なかには2歳の子供が巧みにボールをおもちゃ箱へ連続して蹴り込むものもある。「ワンダーキッズ」とか「アメージングボーイ」と題された、これらの映像は実に痛快。いま、ちょっとしたブームだ。
■まねをされる存在に
これは主に親たちが息子の試合映像などを編集して投稿したものだ。ヒット作ともなると何十万、何百万回も視聴されている。
世界に何十人も何百人もいたら「驚き」ではなくなってしまうが、この投稿がきっかけになって、強豪クラブが獲得に動いた例もあるし、実際に入団が決まった少年もいる。だから、親たちも必死。さながら「ユーチューブ」はプロモーションビデオを使った売り込みの場となっている。
ひとつの傾向がある。ここに出てくる少年たちは、ほぼ全員が「メッシ」ということだ。アルゼンチン代表で、先の欧州チャンピオンズリーグ決勝で優勝したバルセロナ(スペイン)のFWリオネル・メッシ(23)。もちろんメッシのような左利きばかりではないが、とにかく足技が凄い。
ドリブルが得意で、まるで足にボールが吸いついているように動き回る。サッカー選手というより、曲芸師のノリだ。ヨハン・クライフ(元オランダ代表)の「クライフ・ターン」、ジネディーヌ・ジダン(元フランス代表)の「マルセイユ・ルーレット」、ロナウジーニョ(元ブラジル代表)の「エラシコ」などは、いまの驚きの少年たちにはできて当たり前のテクニックなのだ。近い将来、このなかから「メッシ2世」と呼ばれる選手が生まれてくるかもしれない。
■世界の子供たちの憧れの的
かつて世界の少年たちは、アルゼンチン代表のディエゴ・マラドーナに憧れた。ワールドカップ(W杯)へは1982年スペイン大会から4大会連続で出場。最も有名なシーンは86年メキシコ大会準々決勝のイングランド戦での「神の手ゴール」と「5人抜き」ドリブルだろう。この大会でアルゼンチンを優勝へ導き、その名を世界に知らしめた。
この翌年、メッシはアルゼンチンのロサリオで、鉄工所で働く父親と、清掃員のパートをしていた母親との三男として生まれた。世界中の少年たちがマラドーナのドリブルを真似ていたころだ(神の手ゴールも…)。
メッシは5歳のとき、父親がコーチを務める地元のクラブ、グレンドーリでサッカーを始めた。7歳で地元の有名クラブ、ニューウェルズ・オールドボーイズへ移籍。
ところが11歳のとき、成長ホルモン分泌不全症と診断され、治療をしないと身長が伸びなくなるなど、発育に問題が出ることが分かった。アルゼンチンの名門クラブ、リバープレートが獲得を検討していたが、治療費がひと月に900ドル(当時約12万円)かかるため、断念した。
両親はあらゆる手段を尽くし、その結果、メッシはスペインに住んでいた親戚を通じてバルセロナFCの入団テストを受けることに成功。小さい体ながら才能を秘めた13歳の少年をひと目で気に入ったのが、当時のカルロス・レシャック監督だった。この3年前、98年にJリーグの横浜フリューゲルスを率い、日本ではカルロス監督として知られたスペイン人指揮官である。
メッシをひと目で気に入ったカルロス監督は、その場で紙ナプキンに獲得の意思を書いてオファーを出したという。バルセロナは治療代を支払う条件も提示。メッシは父親とともにバルセロナへ移り住み、バルセロナのアカデミーへ入団した。
もしリバープレートが治療費を支払っていたら。もし親戚がバルセロナへ連絡をとっていなかったら。もしカルロスがフリューゲルスを辞任していなかったら…。いまのメッシは存在しなかった。
■3年連続のバロンドール当確
メッシは17歳のときバルセロナのトップチームでデビューを果たし、19歳のときにレギュラーに定着。「マラドーナ2世」の再来と騒がれたのはこのころだ。
08~09年からリーグ3連覇に貢献。アルゼンチン代表としては05年にワールドユース(現U-20W杯)優勝、08年北京五輪優勝に輝いた。ついに09年バロンドール(年間世界最優秀選手)に選ばれ、10年も連続受賞。今季はバルセロナで、自身の史上最高記録となるリーグ、カップ戦を通じて55戦で53得点を決めた。早くも史上2度目の3年連続受賞の可能性が叫ばれている。
試合中に激しく当たられ、削られても、コンスタントに結果を出し続けるメッシ。身長169センチの小さな体のなかに、相当に強靭な精神力を兼ね備えているのだろう。いまでも毎日、相当な努力を重ねているのは間違いない。まさに小さな巨人だ。
■マラドーナ→メッシ→? 受け継がれる歴史
かつて「マラドーナ2世」と呼ばれたメッシのように、その影響を受けた「メッシ2世」がまた生まれるだろう。そのなかからまた…。歴史を受け継ぎ、サッカーは進化していく。いまメッシのプレーを見ることは、それはサッカーの歴史を見ている、ということなのである。