「1000年に一度の大災害」ってなぜ分かる
「東日本大震災が1000年に1度の大地震だったって聞いたけど、どうして分かるのかしら」。事務所にいた小学生、伊野辺詩音が松田章司に問いかけた。「当時は正確な地震計なんてないのに不思議だな。調べてみるか」
昔の地震を調べる専門家がいると聞いた2人は、独立行政法人、産業技術総合研究所の関西センター尼崎支所(兵庫県尼崎市)を訪ねた。応対してくれた寒川旭さん(64)は「地震の時期や規模を知る手掛かりは、古文書や遺跡にあります」と説明を始めた。
内陸に海の砂
今から1110年前、平安時代の901年にできた日本の歴史書『日本三代実録』は、869年に東北地方で起きた地震についてふれている。「仙台平野に大津波が押し寄せ、1000人が溺れて亡くなったと書いています。当時の人口を考えると相当な被害です」
仙台平野にある多賀城跡(宮城県多賀城市)は、地震で壊れ、建て直した跡が残っていた。地質を調べると、海の砂の層が海岸線から数キロの内陸で見つかった。津波が押し寄せた証拠だ。
「1000年ちょっと前の事は分かったけど、その後は大きな津波がなかったんですか」。詩音の質問に寒川さんは「江戸時代の1611年にも大津波が仙台を襲ったと、スペイン人探検家が日記につけています」と教えてくれた。ただ、地質調査が進まず規模ははっきりしないそうだ。
地震の研究をしている小堀鐸二研究所(東京・港)の武村雅之さん(59)にも話を聞いた。「地震が将来起こる確率を計算する際にも、歴史や地質の調査は重要です」。例に挙げたのが、静岡県などに大きな被害を与えそうな東海地震だ。
東海地震は繰り返し起こっており、古文書を分析すると周期が分かる。この周期をもとに、前の地震から何年たつと次の地震がどのぐらいの確率で発生するか計算できるという。直近の地震は157年前の江戸時代。「ここから、現在は30年以内に87%の確率で起こると予想しています」
熱心に聞いていた章司は、昨年、堤防が話題に上ったことを思い出した。「200年に1度の洪水に備えると言っていたんだよな。どうやって計算したんだろう」。そこで2人が国土交通省の荒川下流河川事務所(東京・北)に向かうと、伊藤芳則さん(50)が答えてくれた。「過去69年の雨が降った量を観測したデータから予想するのです」
69年間に起こった大雨の降水量や降った地域などを分析すると、200年に1度の規模がつかめるのだという。「今分かっているデータを使い、何百年に1度という確率を計算する方法は、世界中で幅広く使われていますよ」
調べてみると、海面より低い土地が多いオランダは、1万年に1度の高い波を想定した堤防がいくつもあった。ロンドンの中心を流れるテムズ川のせきも1000年に1度の水害に備えている。土木に詳しい中央大学教授の山田正さん(60)に問い合わせると、「いずれも現代のデータから長期の洪水や高潮を予測しています」との答えが返ってきた。
「1万年に1度の災害に準備するって必要なのかな」。首をかしげる詩音に、山田さんが確率の考え方を紹介してくれた。ある年に1万年に1度の災害が起こる確率は1割る1万で0.01%。99.99%は起こらない。でも2年連続となると、1年目に99.99%の確率で起こらず、さらに2年目も99.99%の確率で起こらない必要がある。すると99.99かける99.99で99.98%に下がる。
同じように計算すると、1万年遭わないためには99.99を1万回かけて約37%となる。200年でも1000年でも、1度も遭わない確率は約37%。「逆に言えば、1度でも起こる確率は6割もあるんだ」
万一に備え対策を
どれほどお金をかけても完璧な備えにすることは難しい。山田さんは「万一の際の対応策を考えることが求められています。同時に、投じたお金と効果を見極めることも重要です」とまとめてくれた。
「そういえば」と詩音が付け加えた。「100年以上使える家ってテレビCMがあったけど、これも昔のことを調べて予測したの」。住宅メーカーの積水ハウスに尋ねると「塩水をかけたり、高温多湿の建物の中に入れたり、長期間使った場合と同じ状況にして、実験しました」という。
監督する国交省も「温度や湿度などを変え、材料や工法の耐久性を検証します」(住宅局)との返事。「古文書や何年かのデータを調べるだけじゃなく、人工的に環境をつくり出し、未来を予測する方法もあるんだ」。2人はうなずいた。
事務所に帰ると所長が新卒採用の面接中。「10年に1人の逸材だ。ぜひ来てくれないか」という声が聞こえた。章司は「僕も明日香も『10年に1人』って言われたぞ。この10年で逸材は3人目ということか……」(榎本敦)
<ケイザイのりくつ>確率論、幅広い分野で導入
確率論は、フランスの数学者パスカルが賭け事について考察したことが始まりとされる。遊びから出発し、今では将来の年金の支払額や商品の仕入れ予測など、国の政策から企業経営まで幅広く使われている。
予測の精度は高まったが、裏切られることもある。2008年秋の世界不況は、住宅ローンの貸し倒れが、米金融機関の想定確率以上に膨らんだことが引き金。自然災害は「地球温暖化で異常気象が発生する確率が従来より上昇している」(米カリフォルニア州立大の吉田耕作名誉教授)。地球環境の変化など様々な部分で目配りが必要だ。
[日経プラスワン2011年5月14日付]
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