レアル、国王杯Vとモウリーニョ監督の手腕
編集委員 武智幸徳
サッカーの醍醐味(だいごみ)が濃縮された120分間だった。4月20日、レアル・マドリードが延長の末に宿敵FCバルセロナを1-0で下し、18シーズンぶり18回目の優勝を飾ったスペイン国王杯決勝のことである。選手個々の腕比べから監督の際立った個性と采配、練りに練った高度なチーム戦術など見どころは満載だった。そんな両チームの戦いを今季はあと2回見ることができる。ラッキーなことである。
昨年11月はバルサが圧勝
スペインで「クラシコ」と呼ばれる伝統の一戦は、20日の試合で今季3度目の激突だった。昨年11月の国内リーグの試合はバルセロナがホームで5-0とライバルを完膚なきまでにたたきのめした。4月16日の国内リーグはレアルのホームで1-1の引き分け。
そして日本でいえば天皇杯に相当する国王杯はレアルが1-0で勝って、勝ち星だけなら1勝1敗1分けのタイに戻したわけである。
この両チーム、4月から5月にかけて、欧州チャンピオンズリーグ(CL)の準決勝(ホーム・アンド・アウェー)でも相まみえることになっている。
2度目の戦いを茶番にせず
国内リーグ2連覇中のバルサが5カ月前にレアルを粉砕した時は両チームの間には天と地ほどの隔たりがあるように思われた。
だが、ポルトガル人の知将、ジョゼ・モウリーニョ監督に率いられたレアルは失地を挽回(ばんかい)、国王杯で宿命のライバルを下したことで完全に自信を取り戻した。これでCLの行方もまったく分からなくなったといえるだろう。
国内リーグを挟むとはいえ、短期間に4試合も集中してクラシコが行われるのは史上初めてだという。5カ月前のレアルの大惨敗を思い出すと「歴史は繰り返す。1度目は悲劇、2度目は喜劇として」ということも十分にあり得たのだが、当代随一の知謀の人と評判のモウリーニョ監督は2度目(16日の国内リーグ)の戦いをさすがに茶番にしなかった。
ポルトガル代表のペペを本来のCBではなくアンカー(中盤の底)として起用、「バイタルエリア」と呼ばれるCBと中盤の隙間をしっかり埋めて、メッシやイニエスタといったバルサ自慢の攻撃陣の侵入を食い止め、粘りに粘って引き分けに持ち込んだのである。
さらに徹底、洗練された守備
国王杯の決勝でレアルの守備はさらに徹底かつ洗練されていた。思い出したのは昨夏のワールドカップ(W杯)でベスト16に進んだ日本代表の戦いぶり。あの時の日本代表は右から松井(グルノーブル)、長谷部(ウォルフスブルク)、阿部(レスター)、遠藤(G大阪)、大久保(神戸)の5人が連なって、DFラインの前で相手の攻撃をふるいにかけた。
レアルも右からエジル、ケディラ、シャビアロンソ、ペペ、ディマリアが列を組んでボール保持者にすかさずプレッシャーをかけた。
バルサの十八番の"横攻め"防ぐ
誰かがボールを取りに前に出ても、選手間の距離が詰まっている分、ずれは生じにくい。バルサというチームは相手にボールを取りに来させておいてワンツーを使ってその背後を突くのが得意なチームだが、前半のレアルはボールに食らいつく足もカバーに走る足もよく動いて、ほとんど裏を取らせなかった。
0-0で折り返した前半はレアルのペースだった。4人のDFと5人のMFのラインのバインドの強さが効いていた。この2列がぎゅっと距離を詰めている間はバルサの十八番(おはこ)であるドリブルによる"横攻め"も防げた。
攻撃に転じると1トップのC・ロナルドを先頭にカウンターが切れた。出ていける時はエジルでも、ペペでも、ディマリアでも前線に飛び出していく。4日前に引き分けた試合では先発から外したエジルを、国王杯では試合のアタマから使ったことで攻めに変化がついた。
バルサの浅いDFラインの背後にピンポイントで浮かしても、転がしてもラストパスを出せるエジルが際どいシュートを味方に打たせる。「守備の人」ペペまで思い切りよく飛び込んでポストに当たるヘディングシュートを放つくらい、この日のレアルはアグレッシブだった。
バルサのイニエスタも光ったが…
中盤に多く人を割いたレアルに対し、後半のバルサは個の力で主導権を取り返す。光ったのがイニエスタ。強気なドリブルでずかずかと相手陣内に入っていく。前半はパスがずれるなど「らしくないミス」があったバルサは、イニエスタが相手を慌てさせるうちに本来の姿を取り戻していった。
レアルはオーバーペースのツケが後半の半ば過ぎから顕著になった。残り20分くらいになって疲れの目立つエジルに代えてFWアデバヨルを投入。これで攻撃はアデバヨルとC・ロナルドを目がけた単調なロングパス主体になり、相手に簡単にボールを取られることが増えた。
疲れて攻めが単調になり、すぐに攻め返されて走らされて疲れが倍加していく悪循環。ポジションの修正が効かず、DFとMFのラインの間で前を向いてボールを持たれることが増え、絶体絶命のピンチが続いた。
C・ロナルドが決勝ゴール
粘度の高い守備がほころびかけた時、チームを救ったのがスペイン代表の守護神カシリャスだった。ペドロ、イニエスタのシュートを指先でかすかにコースを変えてゴールを割らせない。バルサのGKピントも後半終了間際のディマリアのシュートをはじき出したから、ここでも甲乙つけがたい。
一進一退の延長にけりをつけたのはC・ロナルドだった。メッシに渡りかけたボールを奪ったレアルは左サイドバックのマルセロとディマリアの間でワンツーが成立。ディマリアのクロスをエースが完璧なヘッドでゴールに叩き込んだ。反り気味の上半身でボールをとらえ、それでもシュートを浮かさない技術と体の強さはさすがだった。
モウリーニョ監督は今季、イタリアのインテル・ミラノから三顧の礼でレアルに迎えられた。国内リーグはバルサに大きく水をあけられ、3連覇の阻止は困難な状況だが、就任1年目で早々にスペインでの初タイトルを手に入れた。「優勝請負人」の異名はダテではない。
選手たちが胴上げ
ポルトガルのポルトを率いてCLで"大穴優勝"して、一躍その名をとどろかせたのが2003年シーズン。翌シーズンからイングランドのチェルシーの指揮を執って常勝の名をほしいままにした。
昨年はイタリアのインテル・ミラノでCLを制した。今季はチームを変えてCL2連覇という難業に挑戦中である。
そんなモウリーニョ監督が決勝戦の後、選手たちに胴上げされた。外国では珍しい風景である。この監督の人心掌握の確かさを裏付けるものであり、あの5カ月前の屈辱の惨劇からチームを立ち直らせた手腕への謝意と敬意が込められていたようにも思う。
オシムさんの逸話
ふと、頭をよぎるのは元日本代表監督のオシムさんが旧ユーゴスラビア代表を率いていた時の逸話である。
1990年W杯イタリア大会で、オシムさんは黒星覚悟でわざとスター選手ばかり並べて初戦のドイツ戦に臨んだ。結果は1-4の大敗。「あのスターを使え」「このスターも使え」とうるさい自国のメディアとファンを黙らせるためだった。
「あなたたちの言うとおりにやると、ほれ、このとおり」
その後、オシムさんの評する「地味でも水を運べる選手」を中盤に置いて連勝街道に乗り、チームをベスト8に導いた。
5カ月前のレアルの惨劇もベンゼマの1トップ、2列目にエジル、C・ロナルド、ディマリアの3人、ボランチにケディラ、シャビアロンソを並べる攻撃的布陣が招いた結果だった。攻め合い覚悟のガチンコ勝負は攻守の組織化で一日の長があるバルサの一方的な勝利で終わった。
モウリーニョ監督には織り込み済み?
ひょっとすると、モウリーニョ監督にはそれも織り込み済みだったのではないか。
「勝てるならそれでよし。負けても得るものがある」
スターをそろえたレアルでも、バルサにオープンな勝負を挑めばこんなリスクがあることを満天下に知らしめるための。特に「攻撃的なサッカー」を信奉するレアルのサポーターに「今の実力差」を知らしめるための。今のバルサに今のレアルが勝つためには自分がチェルシーやインテルでバルサに勝った戦法を当座は採らざるを得ないことを。一番そのことを分からせたかったのは実は自チームの選手だったのかもしれない。
「だから、ウマなりで戦ったんでしょ? 5カ月前は」
率いているのがモウリーニョ監督だと、そんな風に勘ぐりたくなる。