次の都知事に「地震対策」の使命 直下型への備え途上
東日本大震災は、東京都の防災にも改めて大きな課題を突きつけた。想定されている首都直下地震が発生した場合、都内の被害と混乱は今回の比ではない。膨大な財政負担などの障害を乗り越え、備えを徹底することができるか。10日の選挙で決まる都知事に課せられた使命は重い。
「もし停電が起きていたらみんな凍えていた」。東日本大震災の日に、体育館や教室などに生徒約500人、帰宅困難者約2000人が身を寄せた東京都新宿区の都立新宿高校の遠山孝典副校長が厳しい口調で話す。
今回は幸い暖房が使えたが、生徒用に備蓄していた毛布は約1000枚、周辺の学校から約300枚をかき集めても計約1300枚にとどまり、高齢者や生徒を優先して渡した。
都によると、今回の震災で学校、文化施設などに避難した帰宅困難者は約9万4000人。多くの人が毛布もないまま床の上で一夜を過ごし、体調不良で救急搬送される人も出た。「これに火災やけが人への対応が加わると、現場の混乱はさらにひどくなる」と都の担当者は話す。
都が2006年にまとめた首都直下地震の被害想定では、火災が起きやすい冬の午後6時に東京湾北部を震源とするマグニチュード7.3、最大震度6強の直下型地震が発生した場合、都内だけで死者約6400人、負傷者は16万人に上るとされている。
帰宅困難者は447万人、避難所での滞在を余儀なくされる人はピーク時に399万人に達する想定だ。
大きな被害が予想されているのは、山手線の外側などに分布する木造住宅の密集地。現在の耐震基準を満たさない古い建物が多く、12万棟が倒壊、34万棟が火災で焼失するとみられている。
都は木造住宅が密集する28地域、約7000ヘクタールを「整備地域」に指定。国などと協力して耐震診断費の3分の2、耐震改修費の2分の1を補助している。
しかし両方で計約80万円かかる自己負担が敬遠され、なかなか進まない。05年度末時点で都内の住宅557万戸のうち、耐震基準を満たすのは76%に当たる425万戸。都は15年度末までに90%に引き上げる目標を掲げているが、担当者は「今のペースでは目標には届かない」と認める。
このほか、救援や物資輸送の生命線となる幹線道路沿いには、耐震診断が必要なビルが約6000棟ある。倒壊して道路をふさいでしまうことが懸念される。
都は今年3月、幹線道路沿いのビルの耐震診断を義務付ける条例を制定。7月から、診断についてはビル所有者の負担をゼロにする。しかし、肝心の耐震改修には、中規模ビルで170万円程度の自己負担が出るため、どの程度耐震化が進むかは不透明だ。
3月11日の地震発生後、江東区の亀戸第四保育園には親たちが次々と駆けつけた。心配のあまり泣きながら取り乱している母親もいた。橋口紀代美園長(58)は「夜には全園児を親に引き渡せたが、長引いていたら水も食べ物も足りなかった」と振り返る。
同園では早速、水の備蓄を4リットルから250リットルに増量するなど、防災対策の強化に乗り出した。橋口園長は「今回の経験を機に、自分たちでできることはやるつもり。ただ限界はあるので、行政にはサポートをお願いしたい」と話す。
近畿大学の高井広行教授(都市防災)は「行政は常に予算の無駄との批判におびえながら防災に取り組まなければいけない」と難しさを指摘。「都知事に求められるのは、正しい情報に基づき、都民の防災意識を高く保つよう呼びかけることだ」と話している。