フィリピン、バス乗っ取りの後遺症（アジアBiz新潮流）

フィリピンで先月23日起きたバス乗っ取り事件から、1カ月以上が過ぎた。香港からの観光客8人が犠牲になり、中国側の怒りは完全におさまっていない。救出作戦のつたなさに加え、アキノ大統領が事件後に笑い顔で記者会見するなど、危機意識の欠如が不信感を増幅した。治安リスクがさらに取りざたされれば、堅調な経済にも影響を及ぼしかねない。

事件は同日の午前に発生した。犯人の元警官が、観光バスの乗客を人質に復職を要求。犯人は警察側の説得に応じる姿勢もみせたが、犯人の弟が現場で抗戦を促した揚げ句、拘束される。テレビで様子を知った犯人が逆上し、発砲を始めた。警官隊は突入を試みたものの、制圧に手間取る模様が国内外で流れた。犯人は射殺され、事件は10時間以上かけて収束した。

直後、アキノ大統領は笑みを浮かべ記者会見に応じた。事件現場に放置されたバスの前で、警官らが記念撮影に興じた。「警官隊の銃撃によって死亡した人質がいる」との情報まで流れ、香港や中国から批判が続出。香港中心部での追悼デモには、約8万人が参加した。香港でメイドなどとして働くフィリピン人就労者が、事件を受け解雇されるなどの影響も出た。

香港政府は事件直後から、比への渡航自粛を勧告。比政府は事件の影響で、観光業の損失が7000万ドル（約60億円）規模に上るおそれがあるとの見方を示した。香港や中国からの10万人が減るとしている。比観光省は今年、外国人訪問客全体の前年比割れも懸念する。

一方、比株式相場は事件翌日こそ「フィリピン売り」から下落したものの、指標の同国証券取引所総合指数（PSEi）は経済の堅調ぶりを好感し上昇基調が続いた。9日に2年11カ月ぶりに史上最高値を更新、16日には初の4000台を突破するなど上値を試す展開となっている。市場では「今回の事件そのものは織り込まれた」（日系証券会社）との見方が多い。

アキノ大統領は20日、事件を巡り、警察などの責任を追及する方針を示した。政府調査委員会の報告書は、警察の訓練不足やマニラ市長らの現場指揮が不十分だったことを救出作戦の失敗要因に挙げている。犠牲者は、いずれも犯人の発砲により死亡したと結論づけた。中国外務省は「誠実で真剣な姿勢で調査に取り組んだ」と一定の評価をする声明を発表した。

比政府は香港や中国に謝罪・説明に出向き、幕引きをはかろうとしている。しかし、比の治安の悪さは相変わらずとのイメージは、世界中に広まった。治安リスクは今後、経済全般をじわじわと締め上げる可能性がある。比が国を挙げて危機感を抱きイメージ改善に努めないと、市場も「フィリピン売り」一色になる日が来るかもしれない。