50代、起業も人生の選択肢 若い世代の鏡に
出口治明・ライフネット生命保険会長兼CEO
団塊世代の退場に伴い中長期的に深刻な労働力不足が懸念されるなか、2013年4月に改正高年齢者雇用安定法が施行され、希望する人に対しては65歳まで雇用が継続されることになった。このような労働環境の大きな変化は、高度成長を前提とした年功序列・終身雇用というガラパゴス的な労働慣行の中で働いてきた中高年層にとって、仕事への向き合い方を再考するよい機会となるだろう。
では、どのようなスタンスで仕事に取り組むべきか。私見では、50代は「遺書」を書く時代だと考える。50代になって心掛けるべきは、次の世代を担う若い世代に何をバトンタッチするのかということを真剣に考えることだ。50代は高度成長、バブル崩壊などを経験し、社会人として、内外のさまざまな事象や問題点をほぼ理解しているはずだ。また、多くの知見も得ているはずである。その経験や知見を次の若い世代にうまく伝えていくことが、私たちの企業や社会をよりよくしていくことにつながる。
筆者は55歳のときに日本生命から実質子会社であるビル管理会社へ出向となった。子会社へ出向して本社に凱旋した人間は誰もいなかったため、片道切符であることがわかっていた。もう生命保険業界に戻ることはないと。そこで「遺書」として「生命保険入門」という本を書いた。
日本生命内外の諸先輩から教わった生命保険の歴史や仕組みといった知見を、次の世代へ伝えるためだ。生命保険とは何か、誰がどのようにして始めたのか、生命保険の本質とは何か。何事であれ、物事のあるべき本当の姿を正しく受け継いでいくことが最も重要で、次の世代にとっては大きな財産となる。
「遺書」は必ずしも文章化する必要はなく、口頭で伝えても構わない。次の世代に伝わればそれでいい。
企業に残って「遺書」を書く以外に、起業という選択肢もある。「50代で起業なんて……」と思う人もいるだろうが、実は50代ほど起業に向いた年代はない。50代には幅広い交友関係があり、資金調達の手段も知っており、ある程度目利きの能力も備わっている。20代や30代なら、どれもまだ持ち得ないノウハウだ。
また、50代ともなれば、ある程度プライベートのライフスタイルも見えてくる。つまり、起業するには、はるかに50代の方が条件が整っており、その分リスクが低い。50代は自分がやりたいことにチャレンジしやすい年代なのだ。
筆者も「生命保険料を半分にして、安心して赤ちゃんを産み育てる社会をつくりたい」という思いで、58歳で準備会社を立ち上げ、還暦後にインターネットで販売する生命保険会社を立ち上げた。
仮にうまくいかなかったとしても、人生にはまだまだ長い時間が残されている。20歳前後で世に出るとしたら、人生80年の今日、50歳はまだマラソンの折り返し地点にすぎない。米国のベンチャー業界には失敗という言葉がないといわれているが、それは次のジャンプのために経験を積んだと、周囲の人が当たり前のように受け止めるからだ。日本にはそのような文化はまだないが、現実をよく見れば、失敗をそれほど深刻に受け止めなくとも大丈夫だということがわかるはずである。
日本では、起業は若い世代がするものだという社会通念があるが、そもそも大人が安全地帯に身を置いて、率先してリスクを取らないで、どうして若い世代がチャレンジするだろうか。若者は大人を映す鏡である。大人が積極的に新しい世界に飛び込んでいけば、それを見た若い世代も飛び込むはずである。中高年が率先して起業というロールモデルを示す、その流れが、ひいては日本経済の活性化につながると信じている。
〔日経産業新聞2014年10月2日付〕