オン・ザ・グリーン 女子ゴルフ、トップ選手に求められるもの
ゴルフライター 月橋文美
トップの姿勢、品格……。どの業界でも、どんなスポーツ界でも問われることだ。2012年は斉藤愛璃、木戸愛らニューヒロインが現れた一方で、相変わらずの外国人旋風が吹き荒れたゴルフの国内女子(LPGA)ツアー。来季の賞金ランキングによるシード選手の平均年齢は過去最年少だった今季の27.0歳をさらに下回り、26.7歳となった。今、トップ選手たちの言動には責任感、風格が備わっているだろうか――。
■賞金女王の全美貞、3部門で新記録
今季、初の賞金女王に輝いたのは全美貞(韓国)。「私は賞金女王をあまり意識したことはなく、今年も自分自身の過去最高だった年間4勝を上回ることが目標だった」と語ったが、かつては「日本に来たからには、日本の賞金女王にならない限り、アメリカのテストは受けません。今年も、来年も、その次も……。日本の女王になって、みなさんに愛されたい」と話していただけに、念願のタイトル奪取だったことは間違いない。
05年に日本ツアーにデビューし、その年は賞金ランキング12位。その後の7シーズンで、一度も賞金ランキングのベスト6を外したことがない全美貞。今季の成績は言うまでもなく女王と呼ばれるにふさわしいものだった。
6月のリゾートトラストレディースで今季初勝利を挙げると、4週後の日医工女子オープンでも優勝。8月のCATレディースで日本ツアー通算20勝目を挙げると、10月の樋口久子森永製菓ウイダーレディースも制して年間4勝。賞金1億3238万円余りを獲得し、平均ストローク(70.1788)、平均パット数(1.7299)、平均バーディー数(3.9337)の3つの部門でツアー記録を更新する強さを見せた。
■副賞のショベルカーを被災地へ
スイングは他の選手が手本にするほど美しく、飛距離に加えて、ショットの切れ味も抜群。見かけ以上に気性の激しい面はあるが、本人が「タイトルを取れたのは技術がよくなって、そこにメンタルがかみ合ってきたということだと思う」と語るように、メンタルトレーニングの成果もあって精神面が強化されてきたようだ。
プレーを離れたところでも、CATレディース優勝副賞のショベルカーを被災地・宮城県に贈るなど、日本への思いを言葉に、そして形にしてくれている外国人選手の一人である。
■「愛される女王」に
通算9勝目を挙げたころ、全は「私、外国人なのに、私のために、私のゴルフを見に来てくれる人たちがいるなんて、すごくうれしいです。もっともっと日本語もうまくなって、自分の思ってることを伝えたい。私のファンがもっと多くなったら、その時は女王にもなれるかなと思う」と語っていた。
その言葉通りに日本語を懸命に勉強した姿勢も、現在の成績につながったといえるだろう。11月に福島県で開催された大王製紙エリエールレディースは韓国人の多くの選手が欠場して一部問題視されたが、全はここにも出場した。
今後の大目標である永久シード入り(通算30勝)を果たすべく、これからもさらに「愛される女王」になってほしい。
■残念だったアンの最終3戦の欠場
しかし、全の「新女王就任」を目立たないものにさせてしまったのは、昨年まで2年連続賞金女王に輝いていたアン・ソンジュ(韓国)のシーズンラスト3戦の欠場だった。
ツアー最終月の11月はミズノクラシック→伊藤園レディース→大王製紙エリエールレディース→LPGAツアー選手権リコー杯の4試合だった。
アンは大王製紙エリエールについては大会4週前のエントリー締め切り時点で欠場を決め、ミズノには出場したものの、賞金ランク2位で迎えた伊藤園を左手首痛のため急きょ欠場。大王製紙エリエール前にメジャー大会である最終戦のツアー選手権も同様の理由での欠場を表明した。
故障が理由では責めるわけにはいかないのだろうが、ツアー終盤の楽しみだった賞金女王争いが一気にしぼんでしまった。"不戦勝"といってよい決着だったため、せっかくの全の初タイトルが、それほど大きく報道されることなく、派手にたたえられることなく終わってしまったのは、本人がかわいそうでもあり、ツアーにとっても痛手。後味が悪かった。
全自身は、最後を戦わずしての女王決定に「運がよかったと思う。試合数が少なくなるほどプレッシャーもきつくなるので」と喜びいっぱいに話したが、スポーツ選手としての本音はどうだったのだろう。
「私がミジョンの立場だったら…」
アンの伊藤園レディース欠場が発表され、2270万円余の差で全が残り2試合、アンは1試合(最終戦・ツアー選手権の優勝賞金は2500万円)と、全ががぜん有利となってしまった時点で、歴代賞金女王3人に聞いてみた。
09年女王の横峯さくらは「う~ん、でもラッキーですよね。自分だったら、そうとしか思わないと思います。見ている人たちにとっては確かにつまらなくなっちゃうでしょうけれど」と話したが、06年の女王・大山志保は「アンちゃんの欠場はすごく残念。彼女の力をもってすれば、2試合とも優勝する可能性だって十分あるし……。私がミジョン(全美貞)だったら、少しはラッキーと思うだろうけれど、最後まで争って勝ちたいという気持ちが強いと思うし……。(私がアンであれば)無理してでも出ますね」と語っていた。
00年から6年連続の賞金女王で、05年にはマッチレースを展開した相手・宮里藍が米ツアーQT受験のため最終戦を欠場するという、似たような経験をした不動裕理は「今週(アンが)出られないということは、まあ相当具合が悪いんでしょう。私がミジョンの立場だったら、とにかく自分が優勝して、もし相手が出ていてもこうなった、という結果を求めると思います。あの時(05年)も、とにかく自力で決めたいという気持ちでやってました」と、当時の心中を初めて語った。
■問われる責任感
アンの3年連続女王を期待し、応援していたファンも少なくないはず。すでに日本ツアーのリーダーとなったのだから、責任感も問われていく。
昨年の被災地開催だったミヤギテレビ杯ダンロップ女子オープンの欠場、今回の大王製紙エリエール……。「プレーオフではもちろん日本代表の気持ちで戦いました。当然です」と、5月のワールドレディース・サロンパス杯で米ツアー選手との激戦を制して優勝したときには語っていたアンだけに……。とりあえずは左手首の完治を祈るばかりだ。
■今季は日本での出場が少なかった宮里藍
今季を振り返って、もう1人残念だったのは宮里藍だ。日本ツアー出場はサロンパス杯、10月の日本女子オープンのみ。故郷の沖縄開催であるダイキンオーキッドレディース、高校時代を過ごした第二の故郷・宮城でのミヤギテレビ杯ダンロップ、日本で唯一開催される米ツアー大会であるミズノクラシックをすべて欠場した。
いずれの理由もスケジュール。「体調、移動距離やトータルスケジュールを考えて、また自分の中に変化をつける意味でも、今年はこういうスケジュールを組みました」と話したが、それにまさる故郷への思いはなかったのだろうか。
ダイキンが開催された週には米ツアーの大会がなく、同じように米ツアーで戦う宮里美香、上田桃子、朴仁妃(前年大会覇者)は出場していた。
ミヤギの週も全英リコー女子オープンの翌週ではあったが、同大会に出場した原江里菜、木戸愛、大江香織の東北高卒業生と若林舞衣子、フォン・シャンシャン(前年大会覇者)は強行日程で出場。
原は「時差ボケなのか、体はだるい感じ。でも、この試合だけはどうしても出たい、休みたくないという思いでスケジュールを決めました」と語っていた。
■多くの歴代優勝者が前夜祭に出席していたが…
昨年で日本ツアーのシード権を失っていた藍だが、いずれの大会も主催者サイドは推薦出場のオファーを出していた。故郷開催のダイキンはちょうど沖縄復帰40周年を祝う大会だったし、ミヤギにいたっては東日本大震災復興支援をうたっただけでなく40回記念大会で、歴代チャンピオンの多くがトーナメントへの出場資格がなくとも前夜祭に出席するなどして大会を盛り上げていた。
それだけに、地元ギャラリーからも「藍ちゃんは東北高時代にここでアマチュア優勝してプロになったし、その後ももう1回勝ってるのに……」とタメ息まじりの声が聞こえてきた。
ミズノにしても「毎年、次のメキシコへの移動が厳しく、またミズノ前々週の韓国での試合に出たことがなかったので」ということだったが、たとえば台湾で年に一度の大会にヤニ・ツェンが出ない、韓国で朴セリ、申ジエやチェ・ナヨンらが、オーストラリアでカリー・ウェブが欠場などといったことは、健康上の理由以外には考えられないことだ。
■世界の頂点を目指すからこそ
世界の頂点を目指す宮里藍だから、今季米ツアーで模範選手に選ばれた彼女だからこそ、故郷などへの思いや心身のタフぶりを見せてほしかった。そう思うのは厳しすぎるだろうか。
昨年のミヤギで「こここそ、私たちプロゴルファーが出るべき場所じゃないかと思う」という名言を残した不動が、今年の福島では「LPGAがそこで試合を開催するというなら、私たちはどこへでも行く」と語った。
大震災後「心をひとつに」のスローガンを掲げて復興支援に取り組むLPGAにとって、昨年のミヤギテレビ杯ダンロップ、今年の大王製紙エリエールは特別な大会だった。永久シード選手のこの言葉は、まさにトップ選手の自覚、姿勢と品格を象徴するものともいえる。
あくまで個人で戦う、プロのアスリート。それだけに誰にも強要はできないけれど、集団のトップに立った選手には、リーダーとして全体を見渡す視線と責任感、思いやりが求められるのではないだろうか。