アップル・HTC突如和解の裏側 スマホ特許訴訟
2012年11月10日、AppleはHTCとの共同声明を発表した。これまで繰り広げてきた特許訴訟について両社が和解し、10年間のライセンス契約を締結して、すべての訴訟を取り下げるという内容だ。Appleにとっては、スマートフォン(スマホ)関連特許分野で2011年6月のフィンランドNokiaとの係争終結以来の大型和解と言える。
Androidを搭載したスマホを開発する主力企業のHTC、米Motorola Mobility、そして韓国Samsung Electronicsの3社は、2010年3月以降、Appleと世界規模での特許訴訟合戦を展開してきた(図1)。2012年8月24日には、米カリフォルニア州北部地区連邦裁判所での陪審員裁判で、Samsungに対して10億米ドル超の損害賠償支払いの評決が下された。
これによって、Appleの攻勢はさらに強まり、両陣営の総力戦がまだまだ続くと思われていた。事実、陪審員の評決が出された米カリフォルニア州北部地区連邦裁判所でも、その後、両社はお互いに控訴し合い、12月6日に予定されている聴聞会に向けてさらに双方の主張を強めていた。その法廷闘争の凄まじさは、HTC、Motorola Mobilityとの訴訟でも同様であるように見えていた。その中で起きた、突然の和解劇だった。
発端は2010年3月のAppleによる提訴
では、AppleとHTCの特許訴訟の経緯を振り返ってみよう(表1)。発端は、2010年3月、AppleがHTCに対して3件の訴訟を起こした事である。
1件目が米国際貿易委員会(ITC)への提訴(調査番号337-TA-710)、2件目がITCへの申し立てと同じ特許10件の侵害を訴えた米国デラウェア州地裁への提訴(事件番号10-cv-00166)。そして3件目が同じく米国デラウェア州地裁への提訴であるが、2件目とは異なる特許10件について侵害を訴えた(事件番号10-cv-00167)。
2件目の申し立ては、スマホ用基本ソフト(OS)の機能に関する特許侵害が主であるのに対して、3件目はユーザーインターフェース(UI)、セルラー受信機、プロセッサーの電力制御、カメラなどの特許侵害についてである。
その後、Appleは2010年6月に、ビデオ技術関連特許2件についてデラウェア州地裁に対しては3件目の事件となる新たな訴訟を起こした(事件番号10-cv-00544)。2011年8月には、HTCによる特許5件の侵害について、Appleにとって2件目となるITCへの調査請求を行った(調査番号337-TA-797)。
HTCに1件の侵害認定
これらのApple側の攻勢に対して、HTC側はAppleが新たな動きに出る度に、それに呼応してITCへ提訴したり、デラウェア州地裁で反訴したりしてきた。なかでも2011年12月、HTCはITC調査が進行していることを理由に、デラウェア州地裁におけるAppleが提訴したすべての裁判の審理を保留する裁判所命令を勝ち取っている。その結果、地裁での特許の有効性や侵害の有無についての審理がITCの調査結果待ちとなり、こちらは以降まったく進んでいない。
今回の和解成立までに、両社が訴訟で得た目立った成果といえば、Appleが最初に提訴したITC調査において、同社の特許1件(米国特許番号5,946,647)のHTCによる侵害および侵害品の米国への輸入差止めが、2011年12月に正式決定されたことだけである。
確かに輸入差止め命令が出されたのはHTCにとって大きな打撃であった。しかし、この特許はソフトウエアの変更によって回避することが可能だと考えられている。また、その後、2012年6月にAppleはITCに対してHTCによる侵害品の輸入が継続していないかを緊急に調査するよう請求したが、同7月にその請求は棄却された。
そのため、HTCのAndroidスマホは新製品も含めて、現在でも米国への輸入が継続しており、実質的に同社の米国ビジネスは差止め命令による影響をさほど被ってはいない。
このように、和解成立前の時点では、外見上、両社双方に歩み寄らざるを得ない致命傷が加えられたと見られる要素はなかった。それだけに、今回の和解は傍から事態の推移を眺めていた者には意外に見えた。
HTCは買収による特許強化で反撃
とはいえ、舞台裏では様々な駆け引きが続いていた。その一つは、両社ともに巨額の投資も顧みずに、自社の特許ポジションの強化を進めてきたことだ。HTCは2011年7月6日に米S3 Graphicsを3億米ドルで買収することに合意したと発表した。この買収でHTCはS3 Graphicsの特許235件を獲得した。
しかも、その買収合意発表は、S3 GraphicsがAppleを訴えたITC調査において、S3 Graphics特許2件のAppleによる侵害を認めた決定が出された5日後のことだった。その2カ月後の2011年9月には、S3 Graphicsが別の特許2件の侵害でAppleをデラウェア州連邦裁判所およびITCに訴えている。
HTCはS3 Graphicsの他にも、2011年4月に米ADC Telecommunications(以下、ADC)から無線通信関連特許96件を7500万米ドルで買収することに合意していた。
Googleによる特許支援の初のケース
これらの買収劇の後、HTCは同8月16日、Appleを特許3件(HTCの特許1件、ADCの特許2件)の侵害でITCに提訴するとともに(調査番号337-TA-808)、同9月7日にはGoogleの特許9件を利用してデラウェア州地裁で反訴した(事件番号11-cv-00611)。この事件が、GoogleがAndroid陣営企業を具体的に特許支援する最初の試みと見なされている。
Googleは、2011年7月から8月にかけて米IBMの特許2000件、そして同じく2011年8月にはMotorola Mobilityの買収合意を発表した。Googleはこの買収に125億米ドルもの巨額を投じて、スマホ事業そのものを獲得するとともに、Motorola Mobilityが保有する2万4500件もの特許を手中に収めた。
他方、Appleは2011年6月末に、破綻したカナダNortel Networksが保有していた特許オークションで、カナダRockstar Bidcoコンソーシアムの一員として45億米ドルで通信関連特許6000件の買収に成功していた。
Apple、カナダRIM(Research In Motion)、 米EMC、スウェーデンEricsson、米Microsoftおよびソニーの6社で構成されたコンソーシアムのなかでも、Appleは単独で26億米ドルを出資。これにより同社は、Nortelの特許ポートフォリオの中でも最も重要と見られるLTE(Long Term Evolution)関連特許などを中心に1000件以上を獲得した。さらに、Appleは、同社による2件目のITC提訴において、2008年に英British Telecomから取得した特許も利用している。
HTCの市場競争力の低下
AppleとHTC双方が無線通信関連特許を外部から獲得することで自社の特許ポジションの強化に努める中、法廷闘争は衰えることはなかった。2012年8月以降、正式な和解協議が何度か持たれたが、目立った進展は見られなかった。同9月上旬の時点で、HTC会長のCher Wang氏は「Appleと和解する意思はない」と報道関係者に語っている。
しかし、HTCにとって直近の不安材料もなくはなかった。2012年11月27日に、AppleがHTCを提訴した2件目のITC調査で、仮決定が出される予定であった。この審理では、米カリフォルニア州北部地区連邦裁判所での陪審員裁判でSamsungの侵害が認定されたApple特許2件が含まれている。「Appleに有利な決定が出る可能性は否定しがたい」と、HTCは推測したのかもしれない。
Appleにとって、譲歩してもよいと考える外的要因もあった。例えば、HTCのスマホ製品の出荷台数および市場シェアが、最近急激に落ち込んでいるという事実だ。調査会社の米IDCが2012年10月25日に発表したスマホの2012年度第3四半期の世界市場調査によると、HTCの出荷数量は前年同期比で42.5%も減少し、市場シェアも10.3%であったものが4.0%と大幅に減少している(表2)。
すなわち、端的に言えば、HTCはAppleにとって市場競争においてもはや大きな脅威ではなくなってきていた。むしろ、一連の激しい法廷闘争を繰り広げている間にも大きく売り上げを伸ばしているSamsungとの訴訟に、より多くの資源を集中した方が良いという計算が働いても不思議ではない。
■Apple対Android特許係争の終結が早まる?
今回の和解で、Appleは少なくともAndroidスマホ陣営と特許ライセンス契約を結ぶ平和的解決の意志があることを示すことができた。これまで和解を強く勧めてきた裁判所側も、この新たな展開を歓迎しているはずだ。
しかも、AppleがAndroid陣営の1社とライセンス契約を結んで和解した事実は、金銭で特許係争が解決できることを示唆している。このことから、今後AppleがAndroid陣営の企業による特許侵害で製品の差し止めを請求しても、差し止めが認定される可能性は低くなったと考えられる。Appleにとって損害賠償の請求で済まさざるを得なくなったとなれば、和解への流れが急速に強まる可能性もある。
一方、両社の係争は「標準必須特許」の扱いや特許ライセンス契約条件に係わる問題を表面化させており、判決次第ではこれらの特許問題の解決の方向性を決める可能性があった。結審せずに終結を迎えたことで、これらの問題は棚上げされたままとなった。
(スターパテントLLP代表パートナー 植木正雄)
[Tech-On!2012年11月21日の記事を基に再構成]
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