男子サッカー、王国の夢を砕いたメキシコの「組織」
サッカージャーナリスト 大住良之
準決勝のメキシコ―日本を書いたこのコラムで、メキシコの同点ゴールを「出合い頭の事故」のように書いたが、それは間違いだったようだ。
そのゴールとは前半31分の右CKをニアポストでMFエンリケスがかすかに触れてゴール前に流し、そこにいたMFファビアンがヘッドで押し込んだものである。
だが偶然のように思ったこの形は、メキシコが周到に用意したリスタートの一つであったことが、ブラジルとの決勝戦で明らかになった。
■メキシコのチームとしての完成度
1-0とリードして迎えた後半27分、メキシコは右CKのチャンスをつかみ、MFポンセが左足でけった。そしてニアポスト前でスキンヘッドのMFエンリケスがかすかに触れてゴール前に流すと、そこにやはりMFファビアンの頭があったのだ。
日本のゴールに吸い込まれたファビアンのヘッドは、ブラジル戦では決まらずに右にそれたが、日本戦の同点ゴールのコピーのような形で決定的なチャンスをつかんだメキシコのチームとしての完成度に、私は驚いた。
そしてその完成度、リスタートの精度が、メキシコを史上初の金メダルに導いた。
そのCKからわずか3分後の後半30分。メキシコはこの日、右サイドで奮闘したMFエレラがブラジルDFマルセロのファウルを誘い、ペナルティーエリアの右外でFKを得た。
■FKからペラルタが頭で
蹴るのは準決勝、決勝を通じてのMVPといっても過言ではない攻撃的MFのファビアン。鋭く曲がるボールがゴール前に送られる。そこに走り込んできたメキシコ選手の全身の力を込めたヘディングシュートがブラジルのゴールネットに突き刺さった。差は2点に広がり、メキシコは金メダルに向かって大きく前進したのである。
決めたのはFWペラルタだった。FKが行われる直前、ペナルティーエリア内、ゴールの左前にいたペラルタは一度ゴールから離れた。そして弧を描くようにして近づきゴールの右前に現れた。
そこはブラジルの守備組織のエアポケットだった。そしてペラルタが走り込んだところに、ファビアンの正確無比なFKが飛んできたのだ。
勝負を決めたのはメキシコのよく準備されたリスタートだった。しかしメキシコに勢いを与え、ブラジルにとってこの試合を悪い流れにしてしまったのは、ブラジル自身の「おごり」だったのではないか。
■王国におごり、開始28秒でメキシコが先制
メキシコのキックオフで始まったこの試合。メキシコ陣深くから左に送られたボールはMFアキノが受けることができず、ブラジルの右サイドバック、ラファエルがボールをコントロールした。
簡単にさばいておけば何も問題はないところだった。しかしメキシコMFファビアンがプレスをかけにくると、ラファエルは色気を出し、何度も持ち直していなし、そのあげく、内側からサポートしたMFサンドロに右足アウトサイドで「軽い」パスを送った。そのボールを狙っていたのが、メキシコのMFアキノだった。
サンドロの足もとにはいろうとしたボールをアキノが足先でつつくと、ボールはペナルティーエリア前でフリーのペラルタに向かってころがった。
エリア前を「横ばい」するようなドリブルで中央に入っていったペラルタが、右足を強振すると、ボールはブラジル・ゴールの左隅に吸い込まれた。キックオフからわずか28秒の先制点だった。
決勝まであまりに順調だっただけに
この大会、ブラジルは絶対的な優勝候補とされてきた。先制されたり、追い上げられた試合はあったものの、準決勝まで5試合連続で3得点を挙げていた。決勝に進むまで、あまりに順調だった「金メダルへの道」。そこにスキが生まれたのだろうか。
ブラジルにとって、男子の世界大会で制覇していないのは、このオリンピックだけ。A代表と兼任のメネゼス監督は、もし今回金メダルが取れなければ解任され、2014年に地元で開催されるワールドカップで指揮をとることができなくなるのではないかとまで噂されていた。
それほど渇望していたオリンピックの金メダルを目前にして、これほど軽いプレーが出るのも、また「ブラジル的」といえるかもしれない。
先制点が決まった後は完全にメキシコのペース。自陣にしっかりと8人の守備組織をつくり、ブラジルにボールを持たせても突破はさせず、シュートは打たれても体を寄せてフリーにはしなかった。
後半、ブラジルはトップギアに上げたが
業を煮やしたブラジルのメネゼス監督は、前半32分に早くも選手交代を行い、攻撃的なシステムにチェンジする。開始時には伝統的な「4-4-2」システムで、「ダイヤモンド型」に中盤が並ぶ形だったのだが、その左MFのアレックスサンドロを外し、FWのフッキを送り込んだのだ。
右からフッキ、レアンドロダミアン、ネイマールがFW並ぶ形。システムとしては4-1-2-3となった。
強引なドリブル突破を誇るフッキの投入で、ブラジルは息を吹き返した。しかし、シュートはわずかに正確さを欠き、メキシコが1点をリードしたまま前半を終えた。
後半、ブラジルが一挙にトップギアに上げる。フッキに対応するためメキシコの守備組織は横に広げられ、その間隙をつくようにブラジルがゴールに迫る。メキシコは自陣から出られない時間が続いた。
メキシコのテナ監督の選手交代は、日本と対戦したときと同様、前線での運動量を増やし、相手の守備ラインにプレッシャーをかけることだった。後半12分、日本戦で大活躍したMFアキノに代え、同じ右MFのポジションにポンセを投入する。
■後半ロスタイムに1点を返すのがやっと
チャンスを作ってもなかなかゴールを割れない焦りからか、フッキは次第にひとりよがりのプレーに走るようになり、ブラジルの攻勢の力が落ちた。メキシコが攻め返したものの、ファビアンのシュートがバーを叩き、決まったかと思われたゴールはオフサイドの判定で追加点は奪えなかった。
ブラジルは2人目の交代でワンボランチのサンドロに代えてFWパトを送り込み、クラシックな「4-2-4」システムへとチェンジして同点ゴールを目指した。
だがその直後に、前述したように後半30分、FKを生かしてメキシコが2点目を奪ったのである。
ブラジルは最後まであきらめずに攻撃を仕掛け、ロスタイムにはいった直後にフッキが抜け出して1点を返した。しかし、ロスタイム入りして2分40秒、最後のチャンスをつかんだブラジルは、右からフッキが入れたボールにフリーでMFオスカルが頭で合わせたが、そのシュートはバーをかすめて飛び去った。
私はそんなこと考えもしなかったのだが、メキシコがオリンピックで準決勝に進んだのは、実に44年ぶり2回目のことだと、準決勝前にメキシコ人記者から聞いた。44年前とは68年メキシコ・オリンピックのことである。
■決勝でも崩れなかったメキシコの組織
そのとき銅メダルを取った日本は3位決定戦でメキシコと対戦したのだが、互いにそれ以来の準決勝だったのだ。そして日本は「アステカ(メキシコ市のスタジアム)の借り」をウェンブリーで返され、メキシコは初の決勝進出で金メダルを獲得した。
メキシコは地元開催のFIFAコンフェデレーションズカップ(99年)とFIFA U-17ワールドカップ(2005年と11年=地元開催=の2回)での優勝はあるが、ワールドカップはベスト8が最高の成績。ロンドンで手にした今回の優勝はこの国のサッカー史上最高の栄誉に違いない。
今大会はB組を2勝1分けの首位で突破、準々決勝ではセネガルに延長の末4-2で勝ち、準決勝は日本に3-1の完勝だった。組織的な守備と攻撃はこの大会随一のもので、決勝戦は個々の力を前面に押し立てるブラジルとの対照的なチーム同士の戦いとなった。
その組織は決勝でも崩れず、ネイマール、レアンドロダミアン(6ゴールで大会得点王)、そしてフッキら強烈な個人技を持ったブラジルの選手たちと向かい合っても数人がかりで防ぎきった。
■なでしこと共通する考え方
この試合のメキシコを見て思い浮かんだのが、なでしこジャパンだった。体格で圧倒的に上のチームを相手にするなでしこは、ボールのあるところに2人、3人と集める独特の守備方法を編み出した。メキシコには、なでしこに共通する守備の考え方があった。
そしてそれを可能にしたのが、素早い攻守の切り替えと圧倒的な運動量だった。どこかのポジションで運動量が落ちたと感じたら、テナ監督は迷わず交代選手を送り込んだ。それがブラジルに対してさえ守備組織に穴をつくらせなかった要因だ。
決勝戦の舞台となったウェンブリー・スタジアムは、美しく機能的なスタジアムだが、スタンドに入ってみると、世界中の他の巨大スタジアムと大きな違いはないように思えた。南アフリカの「サッカーシティー」といっても通じるかもしれないし、また、メキシコのアステカ・スタジアムにも似ていた。
8万6162人が入ったその大スタンドの一角から、ときおり「メヒコ、メヒコ!」のかけ声がわき上がり、たちまちスタンド一面に広がっていった。それがブラジルの猛攻にさらされたメキシコ選手たちに勇気を与えた。
きっと彼らは、アステカ・スタジアムでプレーしているように感じながら、戦う気持ちと集中力を切らさず戦い抜いたのに違いない。