東急も参戦? 「蒲蒲線」で変わる羽田空港アクセス事情
2012年7月、都心の私鉄網に関するニュースが2つ流れた。17日、京急電鉄が京急蒲田駅付近の全線高架供用が10月21日と発表。その1週間後の24日、東急電鉄と東京メトロなどが東横線と副都心線の相互直通運転開始が2013年3月16日と発表した。
この2つのニュースの直後の8月、大田区が平成24年版の「新空港線『蒲蒲線』整備調査のとりまとめ」を公表した。新空港線「蒲蒲線」とは、東急多摩川線と京急空港線を直結させるために、JR・東急の蒲田駅と京急蒲田駅の間、約800mを地下ルートで結ぶ新線を整備する構想。新空港線「蒲蒲線」というネーミングは同区の発案によるものだ。
同資料によると、新空港線「蒲蒲線」は、東急多摩川線の矢口渡駅と蒲田駅の間で分岐し、東急多摩川線と京急空港線の線路に沿うように単線で地下を走り、京急空港線の糀谷駅と大鳥居駅の間の地上で合流する。新線には、東急の蒲田駅直下に「東急蒲田地下駅」、京急蒲田駅付近の地下に「南蒲田駅」を設置する計画になっている。整備の延長は3.1kmだ。
本来なら、東急多摩川線と京急空港線の相互直通運転を期待したいが、実現にはハードルが立ちはだかる。特にゲージ(軌間)の問題が大きい。ゲージとは、2本のレール間の距離のことで、京急線は新幹線と同様に標準軌と呼ばれる1435mm、東急線はJR山手線などと同じく狭軌と呼ばれる1067mm。つまり、東急多摩川線と京急空港線の線路の幅が違うので、相互直通は容易ではない。これを踏まえて、上図のように「東急蒲田地下駅」で、同一ホームで乗り換える計画としている。
東横線急行が蒲田まで直通
大田区は、新空港線「蒲蒲線」整備の効果について、(1)大田区内の移動利便性の向上、(2)ターミナル機能を持つ蒲田エリアの発展に寄与、(3)羽田空港へのアクセス強化、(4)東京メトロ副都心線以北エリアとのアクセス性向上、(5)羽田空港~蒲田~副都心~池袋以北を結ぶネットワーク拡充、(6)緊急時のう回ルート確保――の6項目を挙げている。
時間短縮例についても触れている。川越から羽田空港へアクセスする場合、現状では、東武東上線で池袋へ出て、山手線で品川、京急線で羽田空港というルートをたどる。2013年3月16日に始まる東急電鉄・東京メトロ・東武鉄道・西武鉄道などの相互直通ルートと新空港線「蒲蒲線」を経由すると、川越から多摩川まで一気に南下し、多摩川線の"東急蒲田地下駅"で、同一ホームで乗り換えて羽田空港に至る。同区はこのルートで6分の時間短縮が見込めるとしている。
また、田園調布から羽田空港へは18分、武蔵小杉から羽田空港へは14分の時間短縮が期待でき、東武東上線や西武池袋線の沿線からは乗り換えが1回減らせるなどの効果を挙げている。
資料に未掲載のパターンも含め詳細に調査している。例えば渋谷からは、オフピーク時に限ると現在、品川経由で43分かかるところが、東横線・多摩川線・新空港線「蒲蒲線」経由で11分短縮の32分になると試算。東横線の急行が東急多摩川線に乗り入れて蒲田まで急行運転、蒲田から羽田空港までは各駅への停車を前提に算出した。
想定輸送人員なども公表。1日当たりの輸送人員を約4万2800人と試算した。これは、東急多摩川線の平成21年度の輸送人員14万1376人の約3割という数字だ。うち航空旅客を約1万6100人、都市内旅客を約2万6600人と見込んでいる。
事業性については、都市鉄道等利便増進法の適用を想定して検討。整備主体は鉄道・運輸機構、営業主体は東急と京急を予定している。関係者の合意に向けて詳細を調整中だ。
費用便益比(B/C)は30年で1.6、50年で1.8と算出した。概算建設費は約1080億円。同法の財源スキームに当てはめて、国が3分の1、東京都や大田区などの地方自治体が3分の1、整備主体が3分の1を負担する。営業主体の東急と京急が受益相当額として毎年28億1000万円の設備使用料を、整備主体の鉄道・運輸機構に支払う。鉄道・運輸機構は開業から21年後に黒字転換する。
東急は前向き、京急は…
2014年3月の供用開始を目指して進められている羽田空港国際線旅客ターミナル拡張計画などにより、国際線発着枠は年6万回から9万回に、国際線ターミナル利用者数は年700万人から1250万人に増加すると見込まれる。さらに国際戦略総合特区「アジアヘッドクォーター特区」の指定区域である、沖合移転前の羽田空港跡地の開発計画進展も期待される。こうしたなか、大田区は新空港線「蒲蒲線」整備を"永年の悲願"として推し進めている。
もともと大田区は、JR・東急の蒲田駅と京急蒲田駅との間を結ぶ連絡線を「蒲蒲線」という通称で検討してきたが、2000年代中ごろから「新空港線」というキーワードを新たに追加し、従来までの通称と合わせた新空港線「蒲蒲線」という名で推し進めてきた。
この経緯について大田区のまちづくり推進部の担当者は次のように話す。「蒲田と京急蒲田をつなげるだけではなく、渋谷駅地下化による東急・メトロ相互乗り入れを機に、広域鉄道ネットワークとしての重要な位置づけとして『蒲蒲線』が注目されてきた。大田区内の鉄道利便性を高めるだけでなく、東京以北と羽田空港を結ぶアクセス性向上を目指したルートであることを、周辺エリアに広く認知してもらうために新空港線という名を付けて呼ぶことにした。区の想いとして、今後は新空港線をもっとアピールしていきたい」
東急は、この新空港線「蒲蒲線」の実現に前向きな姿勢を示しているというが、京急は消極的なようだ。蒲田駅周辺の商店街の複数の店主に聞くと、「昔からこの計画はあるけど、京急は腰が重い。本線の客を奪われると思っているみたいだ」と共通の答えが返ってきた。確かに、東武東上線や西武池袋線の利用者が、品川を経ず東京メトロ副都心線・東急東横線経由で羽田空港へ向かうようになると、京急本線の利用客が減少する可能性は否めない。
隣の糀谷駅で大規模再開発
連続立体交差事業の工事が佳境の京急蒲田。そのひとつ先の京急空港線の糀谷駅でも、新たな動きが見え始めた。羽田空港へのアクセス機能を強化する京急線高架化・駅改良と併せた都市基盤整備の波が、糀谷駅周辺にも押し寄せている。
東京都は7月11日、糀谷駅ホームと環八通りに挟まれたエリア(約1.3ha)を施行区域とする糀谷駅前地区市街地再開発組合の設立を認可。今後、糀谷駅前地区第一種市街地再開発事業として整備が行われる。具体的には、エリア南側に地下1階・地上17階建て、北側に地下1階・地上19階の建物を建設。約336戸の住宅をはじめ、商業施設や駐車場などが整備される。再開発の総事業費は約193億円。2016年7月の竣工を目指し、2014年3月に着工する。
2000年の運輸政策審議会答申第18号で「2015年までに整備着手することが適当」と位置付けられた新空港線「蒲蒲線」。地下ルートは、この糀谷駅前再開発エリア付近の地下を通ることになる。大田区は、「一定の事業性があることが確認された」とアピールするが、答申の通り2015年までに着工できるかどうかは、いまだ不透明だ。
(ライター 大野雅人)
[ケンプラッツ 2012年8月22日掲載]