インドネシアの「BOP層」に電気と水をどう届けるか
日立ハイテクノロジーズは、インドネシアにおけるBOP(ベース・オブ・ピラミッド、世界人口のうち40億人を占めるといわれる所得上の底辺層)市場に向けた電力、水、通信設備などのインフラ事業を展開している。無電化村に、太陽光発電と浄水設備の併用システムや海水淡水化システム、IP電話システムなどを導入するといった実績を挙げている。
最前線で事業拡大に取り組む日立ハイテクノロジーズインドネシア会社ディレクターの飯田秀樹氏に、BOPビジネスの現状と可能性を聞いた(図1)。
(聞き手は藤堂安人=日経BPクリーンテック研究所)
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――なぜインドネシアに注目したのか。
電子機器などを中心とする日本の輸出産業はグローバル競争の中で苦戦し、岐路に立たされている。我々も20~30年の長期にわたって成長が見込める分野の開拓を急がねばならないと考えており、その一つの分野として注目したのが東南アジアにおけるインフラ事業だった。
インフラの中でも、とりわけニーズが高いのは太陽光発電システムだと考えた。東南アジア諸国の市場を調査した結果、インドネシアでは世帯の35%である約8000万人もの国民が電気のない暮らしをしている。一方で国の経済成長が著しいことから、電力インフラに対するニーズは高い。我々は1995年8月に設置したジャカルタの営業事務所を拠点にしてきたが、事業拡大のために2011年10月に現地法人を設立した。
――インドネシアにおける日系企業のインフラ事業というと、日本政府の政府開発援助(ODA)関連の案件が中心だった。単独で乗り込んで勝算はあるのか。
インドネシアでは日系自動車メーカーが高い市場シェアを獲得し、よく知られた存在になっている。しかし、日系のインフラ関連企業の知名度や実績はそれほど高くはなく、企業が単独で事業を展開するのは簡単ではない。それでも我々が進出に踏み切ったのは、長く良好な関係を築いてきたトリニタングループという現地パートナーの存在が大きい。
例えば太陽光発電システムの構築に不可欠な蓄電池では、トリニタングループの中核企業であるニプレス社が協力してくれた。同社はインドネシアで唯一の鉛蓄電池生産の上場企業であり、日系自動車メーカーなどにも製品を供給している。さらに、トリニタングループと我々の共同出資で、太陽光発電システムなどのインテグレーターとしてインドネシアにスカイエナジー社を設立した。こうしてインフラ事業を展開するための足がかりを築きつつ、トリニタングループの人脈も生かして事業を本格化させたところだ。
――電力だけでなく、水インフラにも参入しているが、きっかけは何だったのか。
2009年に我々と日立総合計画研究所が共同で提案した、インドネシアのBOP無電化村落を電化する案件が経済産業省の調査事業に採択されたことがきっかけだ。その際、多くのインドネシア村落を現地視察したところ、多くの村民が求めているのが「電気」「水」「テレビ」だと分かった。
電気と水という最重要なインフラを別々に整備するよりは、セットで整備した方が予算面でもサポート面でも効率がいい。しかし我々には水ビジネスの経験がなかった。そこで、たまたま同じBOP調査事業で小型浄水装置を展開しようとしていたヤマハ発動機と連携することにした。
2009年の調査事業に続いて、2010年には経済産業省の実証事業に採択されたことから、私たちが幹事会社となってスカイエナジー社の太陽光発電システム、ヤマハ発動機の浄水装置を組み合わせた形でインドネシア東部のスラウェシ島のベカイ村という無電化村に構築した(図2)。このときに意識したのは「設置して終わり」ではないこと。運用管理まで含めて、実際に村の人々に長く使ってもらえる持続可能なシステムになるように工夫した。
――具体的にはどのような工夫だったのか。
ベカイ村のシステム構築は、日本の経済産業省およびインドネシア労働移住省の支援で実施したパイロットプロジェクトだった。このような場合、最初はいいのだが、そのうちに設備が故障したり、蓄電池が寿命を迎えたりすると修理や保守が難しく、せっかくのシステムが野ざらしになりかねない。そこで村の中に「水電気運営委員会」を設立し、自ら管理・運営する体制をつくってもらうと同時に、水や電気を販売して収入も得るというビジネスができるようにサポートした。
――実証プロジェクトを通じて、この先の展開は見えたのか。
インドネシアの地方村落では一般に、飲料水の価格が極めて高い。輸送費がかかるためだ。国営電力会社が供給する電気も高い。インドネシアは大小1万7000以上の島々から成るが、ジャワ島以外の島では電源をコスト高なディーゼル発電機に頼っているからだ。これら二つの悩みを解決する意味でも、今回のような分散型システムで電気や水を販売するモデルは魅力的で、我々としてのビジネスチャンスもあると思っている。
今後は、電気と水の供給に付随するプロジェクトにも領域を広げていくつもりだ。例えば、海の近くの村では井戸水に塩分が混じる問題があるので、海水淡水化装置の設置を進めている(図3)。政府機関からの依頼を受けての設置のほか、我々の事業としても展開し始めた。
電気があれば、電話も使えるようになる。インドネシアでは携帯電話の普及が進んでいるものの、無電化村では当たり前だが携帯電話も使えない。そこでUSO(Universal Service Obligation、どこでも均質なサービスを受けられるようにするために通信事業者などに課す義務)プロジェクトの一環として、蓄電池を備えた太陽光発電システムとパラボラアンテナ、IP電話をパッケージにしたシステムを提供している(図4)。これはいわゆる「公衆電話」で、電話を使ったことのない人が初めて遠くの人と話せるようになり、病気など緊急時の連絡に役立つと喜ばれている(図5)。
――そうしたシステムの中に日本企業の製品やシステムは使われているか。
我々のスタンスは、現地のニーズに合った製品を世界から最適な形で調達すること。できる限り日本製品を採用したい気持ちはやまやまだが、結果として他の国や地域で造られた製品を採用することも多い。例えばIP電話は台湾、太陽電池のセルは日本のものだけでなく、中国や韓国からも調達している。インバーターも韓国製や中国製を使うことが多い。日本製は高品質で、インドネシアでは高いブランドイメージもあるが、価格面で合わないことが多いのが大変残念だ。
――日本企業はどうしたらBOP市場に入り込めるのか。経験から得たヒントがあれば教えてほしい。
日本企業は「いいものをつくれば高く売れて当たり前」と思っているのではないか。我々が現地ニーズに合いそうな製品を見つけて問い合わせても、電圧などの基本的な部分をインドネシア仕様に変えることすら最初から断られるケースもある。もっとインドネシアの市場に入り込んで、ニーズを把握した上で製品を開発しないと花は開かないのではないか。
我々のパートナーは華僑系の企業だが、日本企業と付き合いたいといつも言っている。中国や韓国の企業はいったん進出しても市場環境が悪くなるとすぐに撤退することも多い。これに対して、日本企業とは長期的な信頼関係が結べると言っている。
いったん設置したら長く使いたいシステムでは、製品の信頼性も大事だ。例えば最近、低価格を武器に落札・納入された外国製の太陽光発電システムが、たった1年で大幅な出力ダウンに陥ったという話もよく聞く。日本の製品ではこんなことはないだろう。日本人にとってインドネシアは言葉の問題や生活環境の問題など大変なところもあるが、BOPのニーズに合わせて試行錯誤をしながら、仕様が過剰な点を見直していけば競争力を高める余地は大いにある。
――現地で苦労するだけの魅力がインドネシア市場にはあると。
1980~90年代に世界を席巻した日本の家電や半導体などが苦境に陥っている現状を見れば、パラダイムシフトが起きているのは明白だろう。これまで日本の製造業は、先進国市場に向けた高価格・高付加価値な製品の開発競争にしのぎを削ってきた。これに対し、急成長を遂げるアジア、アフリカなどの新興国市場で中国、台湾、韓国企業などと本気で闘うための抜本的な変革を迫られていると言っていい。
極端な例かもしれないが、インドネシア政府は今、出力50Wの太陽光発電パネルと6Wの電灯が3つ付いただけの「ソーラーホームシステム」を電化率向上の一助として普及を進めている。こうしたものは日本にいては発想すらできないのではないか。日本企業がBOP市場において成功することは容易ではないが、少なくともどんな製品が求められているのかということは深く理解する必要がある。
私がインドネシアの地方村落に来て驚いたのは、月収1万円ほどの人が、主に照明や1日4時間ほどテレビを見るために、電気代に3000円も払っているという生活スタイルだ。かなり貧しくても3000円程度の携帯電話を持っている。温暖で豊かな自然があるため、衣食住にあまり困らないという背景はあると思うが、それにしてもテレビなどの娯楽や携帯電話、家電やオートバイなど文化的な生活に対するニーズは極めて高い。
既に中国企業などはここにフォーカスを当ててビジネスを展開している。日本企業は手をこまぬいていていいのか。BOP層が経済的に豊かになるにつれて、さらに市場は拡大する。今、苦労しても手をつけるだけの魅力は十分にある。
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