「重慶の変」外資に動揺 中国の政治リスク再認識
地元、引き留め躍起
【重慶=多部田俊輔】中国・重慶市のトップだった薄熙来氏が解任され、進出外資の間に動揺が広がっている。中国内の政治対立に巻き込まれ、企業活動にも影響が及びかねないとの懸念があるからだ。重慶市は外資の引き留めに躍起になっているが、突然の解任劇は外資に中国の政治リスクを再認識させる格好となった。
フォード投資 全面的に支援
「重慶から中国事業を拡大する」。米フォード・モーターの中国事業のトップを務めるデイブ・ショック社長は5日、重慶で開かれた工場拡大の式典で力を込めた。式典には黄奇帆市長ら政府幹部も列席し、フォードの重慶での投資拡大を市が全面的に支援する姿勢を見せた。
フォードの発表によると、重慶に2014年までに6億ドル(約490億円)を投じ、乗用車工場の年産能力を現行の42万台から77万台に引き上げる。フォードは2月に重慶第2工場を稼働させたばかり。矢継ぎ早の生産拡大となったのは、「外資企業が投資を続けるようアピールする狙いが重慶市側にあるため」(関係者)とみられる。
なぜ重慶市側がそのようなアピールをする必要があるのか。薄氏の解任に伴って、外資大手の中に政治リスクを回避するため、重慶市での企業活動をためらう気配があるためだ。
韓国サムスン電子は昨年12月に中国でNAND型フラッシュメモリーの新工場を建設する計画を明らかにし、重慶市を第1候補にして具体的な建設場所の選定を進めてきた。しかし3月下旬に西安市に工場を建設する計画を発表。総投資額が70億ドルに達する見込みだったため、逃げられた重慶市側には衝撃が走った。
重慶市は中国の最高指導部と連携して外資をつなぎ留める考え。薄氏の後任の重慶市トップに張徳江副首相を起用した一つの理由として、「張氏が工業担当で重慶に進出している外資メーカー幹部と面識があるため、外資大手の不安を鎮めることができる」との狙いがあったとされる。実際、張氏は3月下旬に台湾の世界パソコン大手、宏碁(エイサー)の王振堂董事長と会談、市が外資に対する開放政策を続けていく方針を強調した。
スズキの工場 予定通り着工
黄市長は米パソコン大手のヒューレット・パッカード(HP)など重慶に進出しているパソコン大手幹部を集め、重慶市の外資誘致方針に変更がないことも表明。さらに、日本の鈴木正徳・中小企業庁長官と会談し、日本企業の重慶投資を奨励する方針に変更がないことを繰り返した。
今のところ重慶に進出する日本企業に、薄氏の解任の表立った影響は少ない。
現地には国内自動車各社が進出している。スズキは1993年に長安汽車との合弁会社として重慶長安鈴木汽車を設立。主力車「スイフト」などの小型車を生産している。11年は約22万台を生産した。昨年には現地に新工場を建て、生産能力を50万台に倍増することを決定。薄氏の解任で4月に開く予定だった起工式の日程調整が長引いたが「予定通り、今月中に工事を始める」(広報)。
ヤマハ発動機は地元企業との折半出資で二輪車の完成車メーカー、「重慶建設ヤマハモーターサイクル」を設立。中国市場の主力工場で、11年の年間生産台数は30万台。12年は1.5倍の46万台に引き上げる計画だ。「解任は増産計画に影響を与えていない」(同社幹部)
もっとも一部日系企業の中には薄氏の解任で進出をためらう空気もある。「トップが交代しても外資の活動に影響はないと強調するが、秋には最高指導部が変わる。当面は様子見の方がいい」(日系企業幹部)
外資系証券アナリストは「中国は政治家と経済が強く結びついており、政治家のバックアップによって企業の中国事業の成否が決まる面もある」と指摘する。中国市場は世界経済のエンジンとなっているが、改めて中国事業の政治リスクに注目が集まりそうだ。