米電子書籍に「廉価版」 1冊1ドル、数時間で読破
【ニューヨーク=清水石珠実】電子書籍の普及が進む米国で、数時間で読めるオリジナル電子書籍「イーシングル」が台頭している。価格は1冊=1ドル弱からで、通常の電子書籍(10ドル前後)より格段に安い。手軽で安い新書の登場がハードカバーの単行本を脅かした出版業界の歴史が、デジタル出版革命の進行とともに電子書籍の世界で繰り返されようとしている。
「飛行機での移動中や寝る前のひとときで読破できるのが魅力」。新興出版社バイライナー(サンフランシスコ市)の創業者、ジョン・テイマン最高経営責任者は、イーシングルが人気を集める理由を説明する。映画などが2時間程度で完結するのに対し、書籍は読み終えるのに何日もかかることもある。テイマン氏は「忙しい現代人には時代遅れ」と言い切る。
新興出版社アタビスト(ニューヨーク市)は、イーシングル参入から半年で10作品を発表、合計販売部数は10万を超えた。エッセーなど3時間以内で読み終わるノンフィクション作品が中心で、米大統領選など旬の話題を素早く書き下ろした作品が多い。数年がかりで完成させる従来型の書籍より雑誌に近く、印刷費などがかからない分、低価格で提供できる。
イーシングルにいち早く注目したのが米アマゾン・ドット・コムだ。同社は昨年1月、自社サイト上に短めの電子書籍を集めた「キンドル・シングルズ」というコーナーを開設。現在、約180作品を扱うが「週3~4本のペースで作品が増えている」(同社広報ブリタニー・ターナー氏)。
米アップルも電子書籍配信サービス「iブックストア」に、短編を集めたコーナー「クイック・リード(素早く読める作品)」を持つ。書店チェーン最大手バーンズ・アンド・ノーブルもサイト上で「スナップス(短編)」の配信を始めた。
新市場の誕生をめぐっては、出版社の新収入源に育つとの期待がある一方「電子書籍なら1冊=1ドル」とのイメージが定着すれば既存の出版事業の事業基盤にも影響を与えかねないとの懸念もある。「価格と提供内容のバランスは、非常に慎重に検討している」(米出版大手ハーストの書籍部門担当のジャクリーン・デバル副社長)と言う。
ただ手をこまねいていれば急拡大するイーシングル市場を新興出版社に奪われかねない。最近では大手出版社や有名作家の進出も目立つ。
例えば仏系出版社アシェットは、マイクル・コナリーやデイヴィッド・バルダッチら有名サスペンス作家の短編をイーシングルとして発売。バルダッチ作品の販売部数は20万部を超えた。「知名度の高い作家が長編発表の合間に仕上げた短編があれば積極出版したい」(デジタル担当のマヤ・トーマス上級副社長)
米国で台頭するイーシングルは、電子書籍の普及後に起きたデジタル出版革命の新潮流だ。「電子書籍元年」とされる日本もいずれ向き合うことを迫られそうだ。