ジョブズ氏の「夢」また1つ実現 アップルが電子教科書
「ITで教育を変える」 潜在ユーザーの獲得競争が激化
米アップルが、昨年10月に死去した共同創業者、スティーブ・ジョブズ氏の夢だったIT(情報技術)活用による教育の変革に乗り出した。19日、多機能携帯端末(タブレット)「iPad(アイパッド)」で"電子教科書"を使えるようにした配信ソフト「iBooks2」と無料編集ソフトを発表。「旧態依然の教科書を変える」ことを目指し、志半ばで世を去ったジョブズ氏の遺志がまた1つ実現しようとしている。
19日、米ニューヨーク市で開いた発表会で登壇したフィル・シラー上級副社長は「すでに150万台のiPadが教育機関で使われ、インタラクティブ(双方向)な方法で学習できる」と説明した。
販売価格が最も高いもので14.99ドルにおさえる電子教科書の画面をタッチ操作すると、写真の拡大や音声の再生、動画の再生などが可能になる。生徒の好奇心や意欲を高める効果が期待されている。
ジョブズ氏の公認伝記「スティーブ・ジョブズ」の著者、ウォルター・アイザックソン氏によると、ジョブズ氏は次にやりたいこととして、(1)電子教科書や電子教材で教育を変えること、(2)デジタル撮影の新しい技術を開発すること、(3)テレビを再発明すること――を挙げていた。
今回の「iBooks2」はこれら3つのうち(1)を製品化したもので、すでにアップルで開発中とされる次世代テレビなどと合わせて、ジョブズ氏が中心になって取り組んでいた「次の課題」だった。
教育にITをどう取り込み、活性化していくかは、ジョブズ氏だけでなく、IT業界の大手各社が注目している課題でもある。
ジョブズ氏が亡くなる数カ月前、カリフォルニア州パロアルト市のジョブズ邸を、マイクロソフト(MS)のビル・ゲイツ会長が訪れた。この際にも「コンピューターが学校に与えた影響は驚くほど小さい」という点で長年のライバルである2人は意見が一致したという。
アップルもMSも、教育現場でパソコンを活用するための様々なサポートプログラムやソフト、サービス開発などを手掛けてきた。
それらが学校に与えるインパクトはさほど大きくなかったかもしれないが、学校でパソコンに触れた子どもたちが将来ユーザーとして、どの基本ソフト(OS)を選び、どんなアプリケーションソフトを使うかといった点で及ぼした影響は決して小さくない。
子供の頃や学生時代にアップルのパソコン「マック(マッキントッシュ)」を使った経験のあるユーザーは大人になってからも、マックを選ぶ確率が高くなる。
実際、アップルのユーザーが多いシリコンバレーの一部地域では、MSもアップルに対抗してウィンドウズを搭載したパソコンを使って学校のIT化を支援するなどの施策を打って、ウィンドウズユーザーを増やす努力をしている。
スマートフォン(高機能携帯電話=スマホ)やタブレットの普及で、パソコン以上に、個人がインターネット接続端末を使いこなす生活スタイルが定着した。アップルが小中高校向けに電子教科書を普及させ、それを閲覧する端末としてiPadを浸透させられれば、潜在的なアップルユーザーを早い段階から囲い込むことができる。
音楽プレーヤー「iPod」で世界中のユーザーを囲い込み、そのコンテンツ(情報の内容)配信インフラを確立。そのインフラを利用してスマートフォン「iPhone(アイフォーン)」の販売を拡大し、iPadへとつなげてきたアップル。iPadと電子書籍の配信インフラを武器に、教育現場を変え、将来のアップルユーザーを育てる好循環をつくりだせるだろうか。
アップルが狙う市場では、米アマゾン・ドット・コムが電子書籍端末「キンドル」で攻勢をかけているほか、MSも次世代OS「ウィンドウズ8」でタブレットに注力する考え。教育市場を巡るIT大手の競合が激しくなりそうだ。
(シリコンバレー=岡田信行)