脅威にさせない協力を 中国近代化で日米模索
中国が改革・開放政策に転換した直後の1979年、中国経済を日米両国に依存させ、将来脅威にならないように、日米政府が官民を挙げた協力を模索していたことが、20日公開された外交文書で明らかになった。中国はその後、急速な経済成長を続け、国内総生産(GDP)で日本を抜いて米国に次ぐ世界2位に躍り出た。外交、軍事面も含め存在感は増す一方で、当時の懸念が現実化している形だ。
外交文書によると、訪米した園田直外相は79年4月6日、バンス国務長官と会談し、中国を巡る日米の権益争いが太平洋戦争につながった教訓から「中国の近代化に協力するに当たり、日米が協力すべきだ」と述べた。
具体的には中国の輸送、石油・ウランなどの資源開発、通信・電力分野を列挙。日米の協力に加え「日中経済協会のような機関を米国内にも設立し、この間で話し合わせてはどうか」とし、双方の民間団体にも中国経済の近代化支援を担わせるべきだと訴えた。
外相は翌7日にも長官と会談し「将来、中国が日米の脅威となる事態も考えられなくはない」と指摘。日米民間団体による対中協力の狙いは「中国が今後日米から離れて近代化を推進し得ない仕組み」づくりにあるとして、中国を日米につなぎ留める戦略を明かした。
長官は「その点は理解する」と賛同。「米中貿易団体の会長は自分の古い友人で、早速相談したい」と語った。
中国は78年、社会主義計画経済から外国資本を導入する改革・開放路線に転換。2010年にはGDPで日本を抜いた。
〔共同〕