東京五輪まで3年 マラソン復活への長い道のり
編集委員 北川和徳
マラソン日本代表の選考方式が抜本的に変更されることになった。2020年東京五輪に出場する男女各3枠の代表は、今夏から2シーズンの国内外の主要レースで一定の順位と記録を残した日本人ランナーだけが出場する少数精鋭の「マラソングランドチャンピオン(MGC)レース」(男女別、ペースメーカーなし)を19年秋に開催、ここでまず男女各2人が決定する。
■今夏から始まる代表争い
残る1枠は、従来から選考レースとしていた国内の男女各3レースを「MGCファイナルチャレンジ」と位置付け、原則として全体で最速タイムをマークしたランナーが勝ち取る。ただし、MGCレースへの出場者決定後に定める派遣設定記録を突破していなければ代表入りとはならず、改めてMGCレースから3人目の代表を選ぶ。

なかなかよく練られたシステムだと感心してしまった。五輪のマラソン代表の選考を巡っては、過去に何度も物議を醸してきた。条件が異なる複数レースの結果を日本陸連の理事会などで相対評価して選ぶため、選考過程が不透明で公平性が担保されなかったからだ。新しいやり方なら主観的な思惑が入る余地はない。2段階以上の選考のため、安定した力を持つ実力者が選ばれやすい。現場の選手やコーチにとっても何を目指すべきかが分かりやすく、歓迎されるはずだ。
公平性、客観性を重視するなら「選考レース一本化による完全な一発勝負」を求める意見もあるが、個人的には賛成できない。各選考レースを生中継してきたテレビ各局やスポンサー企業への配慮といった「大人の事情」を認めるわけではない。注目されるレースがたくさんあることが、選手の強化や競技の普及を進めるための大切な条件だと考えるからだ。
マラソンに限らず20年五輪の代表選考は、競技への関心を高める絶好のチャンスでもある。もちろん公平性を確保することが大前提だが、日本中が注目する20年五輪の代表選考を、たった1度のレースや大会に集約するのはあまりにももったいない。
新方式なら、今年夏から早くも20年五輪の代表争いが始まる。普段ならさほど話題にならない五輪の2年前、3年前のレースが「東京五輪への道」の第1段階として注目される。五輪ロードが明確になることで、ランナーのモチベーションは高まり、強化現場が活性化することにもつながる。
特に五輪前年の19~20年シーズンは大変な盛り上がりとなるだろう。大一番のMGCレースは勝負重視となって記録は期待できないだろうが、五輪本番に限りなく近いコースで実施される可能性が高い。新設大会の放映権料や協賛金などで日本陸連は増収も期待できる。
■世界ははるか先に
そして、そこで代表の座を勝ち取れなかったランナーたちが、残る1枠をかけて最速タイムを目指して国内主要大会に挑む。目標となるタイムは明確だから、スタートから勝負よりも記録を意識したハイレベルな争いが続くだろう。男女とも20年3月の最後の大会が終わるまで決着はつかない。いやが上にもマラソンへの関心は高まっていく。
ここまで抜本的な改革に踏み切るのは、日本陸連の危機感の表れでもある。マラソンは五輪の陸上競技において日本のメダル獲得が常に期待できる数少ない種目だったが、男子は1992年バルセロナ大会を最後に20年以上もメダルから遠ざかっている。2000年シドニー、04年アテネと連続で金メダルに輝いた女子も、この3大会はメダルゼロ。かつての栄光を知る人たちにしてみれば、こんなはずではないと考えるのだろう。
だが、日本のマラソンが3年後の東京で復活できるかといえば、かなり厳しい道となる。選考方法は決まったが、具体的な強化方針については「まだ決まっていない」と日本陸連の瀬古利彦・マラソン強化戦略プロジェクトリーダー。特に男子に関しては、世界のトップは生半可な強化ではとても追いつけないほど日本のはるか先を走っている。

日本のレベルが大きく下がったわけではない。世界的にマラソンの賞金レースがシリーズ化され、マラソンで稼げる時代となったことで、持久系競技に圧倒的な資質を持つケニア、エチオピアの東アフリカ系の黒人ランナーが大挙してマラソンにまで進出してきた。その結果、世界のレベルが激変したからだ。
■地の利生かし確実に8分台を
現在の男子の世界最高はデニス・キメット(ケニア)の2時間2分57秒。以下、世界の歴代10傑どころか、2時間5分以内で走ったことがある男子選手の約30人はすべてケニアとエチオピアの出身選手が占める。しかも大半が11年以降と、最近の記録だ。一方、日本最高は02年に高岡寿成がシカゴで残した2時間6分16秒がいまだにトップ。最近の記録では、一昨年の東京マラソンで今井正人(トヨタ自動車九州)がマークした2時間7分39秒が最高。しかもこのタイムで今井は7位だった。レベルがまるで違う。東アフリカ勢に対抗するランナーが登場しないのは、日本やアジアだけではなく、過去に何人も五輪王者を生んでいる欧州も、米国や南米も同様である。
陸上の男子100メートルで西アフリカにルーツを持つ黒人選手が圧倒的に速いのと同様のことが、マラソンでも起きている。10年前まで東アフリカ勢がマラソンでここまで目立たなかったのは、才能を発掘して育てるシステムがなかったことと、たとえ競技を始めたとしても、トラックはともかくマラソンでは稼げなかったからにすぎない。現実的に考えれば、これから彼らの速さに対抗するには、同じ遺伝的才能を持つ日本人ハーフアスリートの台頭と成長を待つしかないのだろう。
とはいえ、地元開催の五輪で、日本人が大好きな花形種目のメダルを最初からあきらめるわけにもいかない。高速レースになったらどうしようもないが、勝負重視でペースメーカー不在の五輪は互いにけん制し合う展開となる。直近のロンドン、リオデジャネイロの両五輪の男子の優勝記録は2時間8分台。10分を切ればメダルが見えてくる。しかも3年後の舞台は灼熱(しゃくねつ)の東京だ。
地の利を生かして徹底的な暑さ対策を施す。そして、暑さに強く、どんなレース展開でも絶対確実に2時間8分台でならフィニッシュできるランナーを3年間の代表争いを通じて育てる。マラソン強化というよりも、東京五輪のマラソンに特化したランナー強化を進めるしか道はないように思う。