揺れる世界と日本(2)アジアの安全保障に新しい息吹を
守ってほしければ、もっと駐留経費を払うべきだ――。トランプ米次期大統領は選挙中、日本や韓国などにこんな言葉を放ってきた。その通りの政策を実行すれば、米国と同盟国の関係は大きく傷ついてしまう。
だが、考えようによっては、トランプ氏の登場はほころびが目立つ米国主導の安全保障網を修理し、立て直す好機でもある。日本が担える役割はたくさんある。
事実知らぬトランプ氏
トランプ氏による同盟批判は、知識の乏しさや事実の誤認にもとづくものが少なくない。たとえば、日本が十分に駐留経費を負担していないという指摘だ。
日本は米軍に基地を提供しているだけでなく、本来なら米側が負担すべき人件費や光熱費などの駐留経費も、「思いやり予算」として払っている。
日本が拠出する在日米軍の関係経費は2016年度、約7600億円にのぼり、他の米軍受け入れ国より多い。トランプ氏はまず、こうした事実を学んでほしい。
ただ、彼の同盟批判には必ずしも的外れとはいえない面もある。日韓や欧州の同盟国が米国に頼り、低コストで平和を保ってきたという指摘がそのひとつである。
世界銀行によると、国内総生産(GDP)に占める軍事費は米国の3.3%に対し、英国は約2%、韓国は2.6%、日本は1%にとどまっている。
それでも米国が戦後、各国の防衛を支えてきたのは冷戦で敵対するソ連の存在があったからだ。しかしソ連は約25年前に消滅し、もはや米国には世界の警察を独りで担う理由は乏しい。トランプ政権の誕生は、こんな現実を後追いしているともいえる。
だとすれば、同盟国は米国に対し、これからも「安全保障の傘」を提供するよう求める一方で、防衛のための自助努力も増やしていかざるを得ない。
財政事情が厳しい日本も例外ではない。GDP比でみた防衛予算は、友好国に囲まれたデンマーク(1.2%)より低い水準だ。
とはいえ、予算を大盤振る舞いできないのも現実だ。同盟を長続きさせるには、この制約下でも防衛力を整え、米軍の役割を少しずつ肩代わりしていく必要がある。
たとえば、自衛隊が得意とする警戒・監視の任務を日本周辺でさらに引き受けるほか、少なくとも離島は自力で守れる体制を築けば、米軍の関与を下支えするのに役立つ。
日本では米軍などへの支援を拡充する安全保障関連法が昨年、施行された。まず急ぐべきなのは同法にもとづき、何をどこまでやるのかを詰め、米側との共同行動計画を整えることだ。
もっとも、日本だけで努力しても、アジア太平洋の安定は保てない。米国の他の同盟国や友好国と協力し、米主導の安全保障網を再構築する努力が大事だ。
そこで役立つのは、日米同盟を軸にした3カ国の枠組みだ。日米とオーストラリア、日米とインド、日米韓では、すでに閣僚級の対話や共同訓練が進んでいる。
緩やかな多国間協力へ
同じような協力をさらに東南アジアにも広げていきたい。こうした面の連携が拡大すれば、将来、米国主導であっても、米国におんぶにだっこではない、緩やかな安全保障協力網を築けるはずだ。
米中のはざまでアジアの国々の軸足は揺れている。フィリピンは対中接近に動き、軍事政権のタイも中国に傾く。米国のアジア関与が弱まれば、この流れがさらに加速し、域内は親米圏と親中圏に分裂してしまうかもしれない。
そんな展開を防ぐためにも、多国間の安全保障協力網づくりは欠かせない。カギを握るのは軍事だけではない。日本は政府開発援助(ODA)を使い、インドネシアやフィリピンに巡視船を供与してきた。海洋の安定を維持するうえで、意味ある支援だ。
そのうえで重要なのは、中国と安定した関係を築く努力だ。互いに恩恵を得やすい経済や環境の協力を積み重ね、領土や歴史問題があっても揺るがない関係をつくりたい。
こうした地道な取り組みを続けたからといって、米国第1主義のトランプ氏の発想が変わる保証はない。それでも、同盟改革を進めることが、長い目でみれば、世界の秩序を保つための近道である。