カープ、最高益更新へ 経営資源をフル活用
広島東洋カープが25年ぶりのリーグ優勝を間近にしている。カープの戦略・戦術には、経営基盤の脆弱さが歴史的な背景としてあった。限られた経営資源でいかに活路を見いだすか――。カープ球団の経営課題はこの1点に凝縮されていた。それは広島に本社を置き、カープのスポンサーに名を連ねているマツダにも共通している。
1950年に市民球団として発足したカープは発足から5年後には負債が膨らんで事実上破綻した。再建のための新会社発足前後には地元経済界有志の寄付や市民の樽(たる)募金などによって経営が支えられていた。財政的な制約から球場施設などの整備が遅れ、選手の年俸も抑えられ、有望新人やトレードによる大物選手の獲得競争では常に苦戦を強いられた。
75年に初優勝し、91年までにペナントレースを6回制覇したものの、93年のシーズンオフに導入されたフリーエージェント(FA)制度で状況は暗転した。高額の契約金で有力選手が移籍する道が開かれると、94年オフに川口和久投手、99年に江藤智内野手、2002年に金本知憲外野手と、主力選手が人気球団にさらわれていった。
このため、新人選手を猛練習で鍛え上げる一方、中米のドミニカ共和国に「カープアカデミー」という名称の野球学校を開設した。無名の若手選手を発掘するといった「持たざる者の知恵」(松田元オーナー)によって戦力を強化する道を選択せざるを得なかった。
今季の攻撃陣のオーダーをみると、(1)田中広輔(2)菊池涼介(3)丸佳浩(4)新井貴浩(5)鈴木誠也――などとレギュラー上位陣は総じて新人時代からカープで鍛えられた選手たちだ。アカデミーからは95年から主戦投手として活躍したロビンソン・チェコや後に米大リーグで活躍したアルフォンソ・ソリアーノらが巣立った。
こうした独特の選手育成法に加え、米国流のボールパークの理念を取り入れて09年に開設したマツダスタジアムが人気を集め、観客動員数が飛躍的に増加した。収益が大幅に向上したことによって、FAで一度は広島を去った黒田博樹投手や新井内野手を昨年呼び戻すことが可能になり、大物のベテランと若手の力がかみ合った今年の快進撃につながっている。
黒田と新井がカープを去った2007年12月期に売上高約62億円、最終利益1700万円だった球団業績は、15年12月期には売上高が2.4倍の約148億円、最終利益は45倍の7億6000万円に膨らんだ。今期は最高益を更新する勢いだ。
広島にはカープと同様に限られた経営資源を一点集中させ、リーマン・ショック後の経営難から奇跡的な復活を遂げた企業がある。マツダだ。
競合大手がハイブリッド車(HV)や電気自動車(EV)の開発にカジを切るなか、30年ごろまではエンジンが主要な自動車の動力源であり続けると判断した。開発の人員や予算の多くをエンジンに振り向け、HV並みの燃費性能を持つ「スカイアクティブエンジン」を11年に量産化した。
10年3月期に約119万台だった世界販売台数は、16年3月期に約153万台に伸びた。「持たざる者」の戦略・戦術が花開いたといえる。
(広島支局長 安西巧、企業報道部 秦野貫)
[日経産業新聞9月7日付]