仮想通貨だけじゃない 世界変えるブロックチェーン
「ロボットは東大に入れるか」プロジェクトディレクター 新井紀子
Netexploは世界中のIT(情報技術)のプロジェクトの情報を収集・分析している組織だ。数千に及ぶIT系のプロジェクトから毎年10件を選定しNetexplo賞を出している。そのひとつに「ロボットは東大に入れるか」が選ばれたのでパリの授賞式に出席してきた。
最近、フィンテックという言葉が日本でも熱を帯びている。それは授賞式の会場でも同様だった。フィンテックはファイナンス(金融)とテクノロジー(技術)を合成した造語で、ITを駆使して金融サービスを効率化したり新しい金融サービスや商品を生み出したりすることを意味する。
金融とITの組み合わせというと、大手銀行がコールセンターにかかってくる問い合わせの電話の応対に人工知能(AI)を導入するという話題が記憶に新しい。AIの発達で銀行や証券会社の窓口係がロボットに置き換わると予測する人工知能学者も少なくない。
だが、私の予想は少し違う。2014年、私は「窓口担当者より先に半沢直樹がAIによって代替される」という予想を立てた。
銀行を舞台にした池井戸潤氏の小説の主人公である半沢直樹は、ローンオフィサーである。取引相手の返済能力の信用度を審査する。個人融資ならば、担保物件の価値や年収、雇用主である企業の事業規模、さらには年齢や家族構成まで考慮に入れるだろう。
データに基づいて融資の条件を計算し、判断する。それが彼の仕事である。融資が焦げ付くこともあるだろう。その場合は他の融資の利益でカバーできればよい。半沢直樹の仕事は「計算の確率的な妥当性」が問われる仕事だといえる。
このような仕事は、ビッグデータによる機械学習と極めて親和性が高い。つまり、機械で置き換えられる可能性が非常に高いはずなのである。
一方、窓口業務はそうではない。ひとりひとりの客のニーズを正しく酌み取らなければならない。このような「一期一会的な妥当性」を問われるとAIは弱い。だから、窓口業務より先に半沢直樹を機械化するほうが数学的には妥当だと考えたのである。
14年にこの意見を初めて披露したとき、講演会場は笑いに包まれた。誰もが冗談だと思ったからである。しかし、その直後、英オックスフォード大学の研究チームは、機械に代替されやすい職業のトップ20にローンオフィサーをランクインさせた。そして翌15年、ついに与信審査を完全に自動化した銀行が現れた。
今年台風の目になるのは、仮想通貨に使われる技術「ブロックチェーン」だろう。ネット上で複数の人が取引記録を共有して、相互に取引を認証する仕組みだ。
仮想通貨の取引所を運営していたマウントゴックスの破綻以降、これを前向きに取り上げる日本の大手メディアはほとんどない。しかし、私たちの世界は、より安全で安価なオンライン決済手段を求めている。数学的に考えると、ブロックチェーン以上のソリューションは見当たらない。
ブロックチェーンを活用できるのは金銭的な決済だけではない。あらゆる取引に適用可能だ。Netexplo賞を受賞した「ビットランド」という仕組みもそのひとつだ。
アフリカでは中央集権的な土地登記の仕組みがない。地域の族長や地方政府が管理している。これでは外国企業のインフラ投資がなかなか進まない。ブロックチェーンを用いて、土地登記が分散管理でもインフラ投資を進めやすくするというのがビットランドのアイデアであり、実際ガーナのいくつかの地域で試みが始まっているそうだ。
まさに数学とそれに基づくITが世界を変えていく光景だといえよう。
[日経産業新聞2016年3月3日付]