春秋
「甲子園にはどうやって行けばいいんで……」。道を尋ねられた人が応じた。「やっぱり日々の鍛錬だねえ」。若い落語家の春風亭正太郎さんがそんなマクラで客席を笑わせていたのを思い出す。高校野球の聖地も客席まではぶらり行けても、土を踏むのは容易でない。
▼野球に限らない。スポーツや芸術には、たとえばテニスのウィンブルドンのように、世界に名の通った聖地がある。クラシック音楽ならウィーンの楽友協会大ホールだろうか。最近ではここを拠点にするウィーン・フィルのニューイヤー・コンサートが元日に生中継される。豪奢(ごうしゃ)な内装など記憶する方も多いかもしれない。
▼そのホールが、じつは270万~400万円ほど払えばだれでも借りられ、去年は中国の団体だけで130以上が使ったという。むろん水準が伴えばケチをつける筋合いはないのだが、本紙の中国発の記事によれば、「楽友協会はカラオケホールと化した」と中国メディアまでたたいているそうだから、推して知るべしだ。
▼倹約を旗印に掲げる習近平体制である。さすがに文化省が外国の有名ホールでの公演を原則禁じたという。この国はやることがとかく大仕掛けになるが、楽友協会の舞台を踏みたがるのは中国に限ったことではなかろう。「やっぱり日々の鍛錬よりカネだねえ」。そんな心根がだれにも潜んでいないか。ちょっと気になる。