家電に託したDNA フィリップス創業123年目の転換
オランダの名門フィリップスが事業構造を大きく変えようとしている。中核3部門のうち医療機器と家電を一体化し、祖業の照明は別会社に分離し外部資本を受け入れる方針だ。狙いは製造業とサービス業の融和にある。ただし、家電部門を売却する米ゼネラル・エレクトリック(GE)や独シーメンスとは一線を画し、消費者向け(BtoC)は手放さない。「イノベーションには不可欠」というその真意を読み説く。
医療機器と家電を一体運営
「もう当社に蓄音機はないように、終わった事業からは乗り換えるべきだ。満たされていないニーズを追い続けることこそ、アジア企業との競争に勝つ唯一の手段だ」
9月下旬、フィリップス創業の地であるオランダ南部アイントホーフェン。イノベーションをテーマにしたイベントでフランス・ファン・ホーテン社長はこんな言葉を残した。
フィリップスは9月に医療機器と家電を一体にした新部門「ヘルステック」を中核領域とすると発表した。日常の健康を意識した生活から予防医療、さらには病気にかかった場合の診断と在宅ケアまで一貫して手がける。新体制の移行前に、イベントでは先んじて実証中のサービスのお披露目の場となった。紹介されたのは、患者の細胞の病理データを患者・医師がクラウドで共有するサービス、先端部のセンサーで体内での位置を確認できる内視鏡手術の練習システムなどだ。
スマートフォン(スマホ)のアプリを使った妊婦の体調管理サービスもその1つ。医師の助言も受けられる。もっとも類似の無料アプリはすでに存在し、それ自体新味はないように見える。このサービスは先行してインドネシアで実証中だ。「クラウドの普及で新興国向けにも簡素、安価な形で当社技術を使ってもらいやすくなった」(担当のインドネシア人社員)。「高解像度の画像診断技術を持ち、その使い方も知る。各地の医療機関とのネットワークを持つのは他社にはマネできない」という。
世界シェア首位を争う超音波診断装置など中核となる医療機器に加え、在宅でもできる遠隔診断サービスも組み合わせるのが同社の戦略。ただ、何でも自前にこだわるわけではない。
セールスフォースと提携
6月には米クラウドサービス大手、セールスフォース・ドットコムとの提携を発表した。あらゆる医療機器の診療データをクラウドで管理し、消費者がどこでも持ち運べるようにする。「モノのインターネット(IoT)が事業のあり方を変えた」(ジム・アンドリュー上席副社長)という。フィリップスブランドに接する消費者からすれば、製造業というより生活に身近なサービス業と言った方が良さそうだ。
対照的に9月以降、医療機器で競合するGEやシーメンスは家電からの撤退を決め、企業向け(BtoB)シフトを鮮明にする。シーメンスに至ってはヘルスケアを独立経営に移し、医療情報システムや補聴器も売却を決定済みだ。ヘルスケアも外部資本の受け入れを検討するという。
フィリップスは「イノベーションは顧客からやってくる」(アンドリュー氏)とし、「企業、一般消費者、政府と顧客を絞り込む必要がない」という基本戦略をもつ。ちなみに今の同社のスローガンは「イノベーション+ユー(あなた)」。「ヘルステックでは患者も消費者も顧客」(同)で一般消費者も重要な対話相手であり続ける。
もっともフィリップスも過去10年で半導体やテレビ、音響機器などを次々と売却し、BtoCの領域は狭くなった。11年に就いたファン・ホーテン社長自身、半導体子会社の社長としてリストラを主導した人物。コモディティー化が一気に進む事業は「他社に移った方がよい」(同社長)と明快だ。
照明事業をサービス業に進化
では、分離を決めた世界シェア首位の照明はどういう位置づけなのか。
発光ダイオード(LED)照明の急速な普及で価格下落が進み、アジアなどの新興勢力は割安品で攻め込む。これだけ見ればテレビと似た未来が待っていそうだが、同社長の答えは「テレビと照明は異なる」。「ヘルステックと照明は環境変化のスピードが異なる。後者は外部資本を受け入れ成長の機会を探る」というがの理由だ。
今でも照明部門の売上高営業利益率が6%台を保ち、すぐ治療が必要なわけではない。ただし、LED照明で一段の規模を追うため工場の追加投資は必要。さらに独西部アーヘンの照明工場には「世界最先端」(同社幹部)の有機EL照明の小規模ラインもある。有機ELの時代が本格的に到来した場合の投資にも備えなくてはならない。外部資金を活用し、自社の資産をこれ以上膨らませない意図が透けて見える。
実はフィリップスは健康・医療に先んじ、照明サービス業としての顔を見せている。ネットを使い制御可能なLED照明を活用し「ビル丸ごと」はもちろん、チェコ・プラハなど複数都市で「街丸ごと」の照明管理サービスまで手がける。他社製照明を含め街全体を管理し、イベント時の色合いや明るさを調整。交通整理や治安改善の効果も見込めるという。
「島丸ごと」にも乗り出している。対象はベネズエラ沖に浮かぶオランダ自治領の小島アルバ。アルバは20年までにすべてのエネルギーを再生可能エネルギーでまかなう計画で、フィリップスは全面的に協力する。LED照明の省エネの特長を生かしつつ、昼に太陽光でつくった電力を夜間照明用にとっておく機器なども導入する。
「顧客に密接か」を自問
「今後数年間で、世界で何億もの照明がネットにつながる」(アンドリュー氏)。それに先駆け、顧客に近いサービス分野で収益を上げるモデルを構築してきた。
コンパクトカセット、CDなど光ディスクシステム。今、同社が発明した製品を見たければ、同社の博物館に行くしかない。いずれも撤退したからだ。ファン・ホーテン社長は「123年の歴史のなかで我々自身が社会、そして顧客に密接であるか自問してきた」と説く。DNAは生きているようだ。
(フランクフルト支局 加藤貴行)