都立両国、復活の舞台裏(下) 受験は男女混合団体戦
午後5時、東京・錦糸町駅に近い都立両国高等学校の校舎が夕闇に包まれる頃、教師が1人、またひとり教室に集まってくる。
スリルとサスペンスの授業
「学び合い広場」
十数人の教師が、教科を超えて「いかに生徒主役の授業を実現するか」について話し合う。1~2カ月に1回の頻度で開催され、毎回、1人の教師が授業を実演する。集まった他の教師は、生徒役となって授業を体感する。
この日は、国語科教諭の小野寺伸一郎が授業を展開した。配ったプリントには、短い古文が掲載されている。まず、それぞれが1人で読み込み、その後、グループになって疑問点を話し合って、内容を探っていく。そして、結果をクラス全体で発表し、最後に小野寺が解説する。
この日の古文は、『醒睡笑』という江戸時代前期に庶民の間に広まった「笑い話」をまとめた作品だった。小野寺がよく利用するテキストだ。他にも、『伊勢物語』のパロディーである『仁勢物語』や怪談などを授業で使っている。評論や随筆は一切、使わない。
「授業にはスリルとサスペンスが必要だと思っている」(小野寺)からだ。
それは、自身の体験がベースにある。都立高校で学んだが、授業は退屈で、居眠りばかりしていた。
「何でこんなにつまんないんだろう、と。自分だったら、こういう授業をするのに、と想像していた」
だから、教師になると、「眠くならない授業」を目指した。漢字と仮名の対応表を配り、パズル感覚で生徒たちに解かせていく。そして、「おち」が分かった生徒が、教室のあちこちでクスクスと笑い声を上げる。その時、小野寺は「今日の授業は成功した」と確信する。
現代語訳は一切やらない。文章をバラバラに切り刻んで分析するため、教科の本質的な喜びが感じられないからだ。だから、古文をそのまま楽しむ。それは、英語科のオールイングリッシュの授業と通じる思想がある。
そこに、出席した多くの教師も共感する。
「僕が理科の授業でやってきたことと似ている。生物や地層を研究してきたから、そのロマンを生徒に感じてほしい。どの教科でも共通していることだよね」(副校長の藤井英一)
そして教師たちは、次々と新しい教育法を実験していく。
授業中に寝る権利
「学び合い広場」の中心メンバーの1人、理科教諭の山藤旅聞は、10月から生徒に「授業をパス(放棄)する権利」を与えている。50分間の授業で、5~6の課題を与え、4人グループで話し合う。そのうち1つの課題は「パス」できる。寝ても、歩き回ってもいい。「人間は、リラックスしている時の方が、すごいことを思いつく」(山藤)
ただし、後で、他のメンバーが授業や議論の内容を教えるルールになっている。つまり、意図的に生徒の間に情報格差を作り、教え合わなければならない状況を生み出している。
そんな山藤の授業は、生徒の疑問から始まる。何か分からないこと、興味があることを聞き出して、それに別の生徒が答える形で進んでいく。山藤は司会役のように、議論をコントロールする。自分から「教えるべきこと」を切り出さない。
「教師になった頃は、教科書にあることを全部、教えなければならないと思って焦っていた。でも、すべて教え込むなんて無理。本当に理解すべきエッセンスに絞り、生徒が自分たちで学んでいくように仕向ける」
そこには、都立高校の「ハンディ」がある。授業時間が厳格に決められ、融通が利かないため、私立学校のように細かな受験対策まで教え込む余裕がない。
英語科の山本崇雄が言う「自学力」をいかにつけるか、それが「学び合い広場」に集まる教師の真の目的となっている。そして議論が深まるにつれ、教科を超えて根底で通じ合うものが見えてくる。
「授業時間という足かせが、逆に公立学校の授業の質を高めることになった」。ベネッセコーポレーション高校事業部ユニット長の藤井雅徳はそう見ている。
そして、都立両国は教室の形までが、変化することになる。
「教室が7列では授業をしにくい。6列にならないものだろうか」
2010年、英語科の布村奈緒子は、ペアやグループで学習を進めるたびに、不満が膨らんでいった。都立両国は伝統的に、教室が7列で組まれている。しかし、隣同士で組むように指示すると、1列が相手のいない状態になる。
だが、変更すれば一列の長さが伸びてしまい、教室に収まりきれないかもしれない。そして何より、伝統を重んじるベテラン教師の反発が予想された。
しかし、恐る恐る提案すると、思わぬ援軍が現れた。
「それはいいアイデアだ。どうせなら、列は男女を交互にした方がいい」。社会科教諭(現都立足立高校定時制課程教諭)の田口浩明がそう後押しした。そして、6列への変更が実現する。
「女子生徒にほめられたい」
田口には成功体験があった。最初に赴任した偏差値30台の高校では、教科書どころか筆記用具すら持ってこない生徒が多く、教室を歩き回り、授業が進まない。どうしたら、荒れた教室を立て直すことができるか。思い悩んでいた時、ふと高校時代の光景を思い出した。成績は学年で下から5番目だったが、学校に行くのが楽しかった。それは、女子生徒と話ができるからだった。
そこで、教室にペアワークを持ち込んだ。そして男女で組ませたところ、効果はてきめんだった。女子生徒の前でいい格好をしようと、予習をしてくる生徒まで現れた。偏差値は一気に60近くまで上がった。
両国高校でのペアワークは、さらに進化させている。田口は、授業中に生徒のいい所を見つけては、ほめちぎった。やる気を高める戦略だった。ところが、ある生徒からこう指摘される。
「先生、もうみんなの前でほめるのはやめてほしい」。教師がほめると、生徒の間で「浮く」ことになるという。
そこで、生徒同士がほめ合うスタイルに変更した。隣の人が意見を言ったら、それについて具体的な言葉で15秒ほめる。そうルールを決めているため、相手の発言を必死で理解しようとする。1回の授業で、1人が10回以上ほめる(ほめられる)ことになる。
そして授業の雰囲気ががらりと変わった。都立両国では、授業中に様々な人とペアやグループを組み、ほめたり感謝の言葉を交わす。
夏休みでも、多くの生徒が勝手に登校してきて、仲間と一緒に勉強している。そして、気分転換に廊下で集まって談笑したり、キャッチボールをする姿がある。
受験は「団体戦」で乗り越える
今年1月、都立両国の卒業生で、バングラデシュの貧困地区で映像授業の非政府組織(NGO)を立ち上げた税所篤快が、7年ぶりに母校を訪ねた。後輩に講演するためだったが、その雰囲気に戸惑った。
「こんなに明るく、のびのびした学校だったっけ」
税所が入学した当時、まだ附属中学校は設置されていなかった。そして、「オールドクラシック」と呼ばれる、厳しい「教え込み」の授業が続けられていた。ついていけない落ちこぼれを、教師はかまっている余裕がない。税所も脱落者の1人で、高3になる頃には偏差値が28まで低迷、学年最下位になった。仕方なく大手学習塾の映像授業を受け、早稲田大学教育学部に進学している。
それは、多くの名門都立高校が陥っていた窮状でもあった。1967年に導入された学校群制度によって、合格実績が急落した都立上位校は、教育の変化に対応する意欲と活力を失っていった。古いスタイルの授業が続き、生徒は受験対策を予備校や進学塾に頼るようになっていく。
だが、21世紀に入り、東京都教育委員会は「都立復活」に向けて、2001年に日比谷や西など進学指導重点校を指定し、続いて2006年から小石川や両国など中高一貫校の設置に踏み切った。日本経済の長期低迷も重なって、学費が安い都立校の人気が徐々に高まっていく。
すでに進学重点校は成果を上げ、日比谷は2007年の東大入試で前年度の2倍に当たる合格者28人を出し、一躍、全国公立校のトップに立ち、話題となった。一方、中高一貫校はここに来てようやく卒業生が出始めたところで、その内実はベールに包まれていた。
しかし昨年、都立両国が国公立大学の現役合格率で、日比谷や西を上回って都立トップの実績を上げたことは、中高一貫校が学力水準を上昇させていることを物語る。
「下町の子が集まる両国は、素直で謙虚な生徒が多い。だから、どうしても個人戦になると弱い。それならば、不安は仲間と共有して、団体戦で受験を乗り切ろう、と」
そう話す国語科の主幹教諭、高澤昌利は、都立両国の教育スタイルが生徒の気質に合っていると感じている。大教室で一方的に教えられるよりも、親しい先生に直接、聞いた方がいい。教師も、生徒の学力や性格を熟知しているため、的確な指導が可能となる。だからだろう、予備校や塾に通う生徒は高1~高2では1割ほど、高3でも2割程度にとどまる。
教科を超えた連携も深い。
「中3から英語のディスカッションができるのは、中2までに国語で討論を続けて、思考力を鍛えているから」
布村はそう打ち明ける。そして、「学び合い広場」で、生徒中心の授業方法を、教科を超えて磨き上げていく。
ノウハウを惜しげもなく広める
生徒が学び合う「場」作り――。山本はその仕組みを、次々と編み出している。昼休み、有志の生徒が教室に集まってくる。「チーム速単」と呼ばれる単語学習で、弁当を食べながら4人チームになって、単語の問題を出し合う。山本が教壇に立って教えるわけではない。ランダムなチーム編成を決めて、質問を出す人が交代するタイミングを指示する。
また、生徒たちが学習のヒントを付箋に書いて、廊下に張り出す取り組みも始めた。独自の学習法や目標、生活習慣などを書き出していく。
山本は「学年通信」で、生徒にこう呼びかけている。
「みなさんは、それぞれの教科の大切なことに気づき始めている。それを惜しげもなく広げた時、誰かが救われます。誰かのために、付箋を増やしていこう」
そして、英語のディベートを授業に取り入れてきた布村は、最近、あることに気づき始めた。海外の大学院に通った時、物おじせず反論する外国人学生に引け目を感じていた。だが、自分の言いたいことを発言するだけのディベートでいいのか。
「両国の生徒たちは、相手の意見を真剣に聞いて、いいところをほめる。彼らのディベートの方が、レベルが高いのではないか」
生徒に教えられることが多い――。両国の教師たちは、そう口にする。そして、自分の教室で学んだこと、新しい学習法のアイデアを、報告し合っていく。
都立両国、午後8時。「学び合い広場」はスタートから3時間が過ぎていたが、話し合いは尽きない。「下町のトップ校」の消えかかっていた光は、再び教育界で輝きを取り戻そうとしている。
=敬称略
(編集委員 金田信一郎)
関連企業・業界