草のつるぎ 野呂邦暢著
虚飾ない硬質な抒情
根強いファンを持つ作家・野呂邦暢の小説集成が刊行中だ。野呂が亡くなって、もう30年以上の時間が経(た)つのに、複数の出版社の著作で野呂の作品が読めるようになってきているのは、嬉(うれ)しい限り。
小説集成最新刊のこの巻には、芥川賞受賞作の「草のつるぎ」が収められている。自身が経験した、自衛官の訓練の日々を、みずみずしい文体で描いた。いま読み返すと、少し驚くくらい短い文章を畳み掛けている。たとえば――。
「雨は去った。草原は新鮮になった。赤ん坊の肌のようにみずみずしい草になった。水で清められた葉身はかぐわしかった。ぼくらは午後、自動銃を使って地物を利用した射撃の要領を学んでいた」
虚飾のない、シンプルな文章で描く、硬質な抒(じょ)情(じょう)を得意とした。こんな抒情を書く作家、いまは数が少なくなったなあ、と思う。野呂が一部でいまだに人気がある理由だろう。
最後に。この巻には「水辺の町」が収められている。雑誌に掲載され、これまで単行本化されなかった、いわば幻の作品だ。野呂のファンが一人でも増えますように。
★★★★
(批評家 陣野俊史)
[日本経済新聞夕刊2014年4月30日付]
★★★★☆ 読みごたえたっぷり、お薦め
★★★☆☆ 読みごたえあり
★★☆☆☆ 価格の価値はあり
★☆☆☆☆ 話題作だが、ピンとこなかった