若者の飲酒、実は増えている?
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明日香はまず、厚生労働省の統計を調べた。同省は日本酒換算で1日1合(ビール中瓶1本)以上を1週間に3日以上飲む人を飲酒習慣者と定義し、調査している。飲酒習慣者の割合は2003年の21%から12年には20%へと微減だった。よく見ると男性は20~50代で割合が減り、女性は40代以上で増えていた。
ところが国税庁の統計をみると、酒類消費量は増えていた。1996年度の965万キロリットルをピークに減少傾向だが、12年度は853万キロリットルと3年ぶりに増加。総務省の調査では13年に2人以上世帯で家飲みと外飲みの支出がともに増え、単身世帯では支出総額が34歳以下の男性で08年以来の水準に回復、34歳以下の女性は過去最高額となった。
酒類総合研究所の09年の調査では「誰と一緒に飲むか」を重視する人は5割近くに達し、20代では6割を超えた。「友人や仲間との飲み会は多いのかしら」
東京都渋谷区。明日香が訪ねたのは、5月にオープンしたビアガーデン「一番搾りガーデン」。友人と来た会社員、小森正樹さん(22)は「飲酒は週1~2回ですが、普段は会社の人と飲みません。職場が飲む雰囲気でなく、仕事のあと職場の関係が続くのも遠慮したい」と話した。会社の飲み会は月1回という女性会社員(31)も「オンとオフは分けたい」という。
一方、「アベノミクスによる景気回復で職場の飲み会も増える傾向にあります」と話すのは、第一生命経済研究所の首席エコノミスト、嶌峰義清さん(48)。「経済活動が活発になると職場では商談成立を祝う飲み会が増え、コミュニケーションも活発になり、次の商談成立も期待できます。人間関係が希薄な昨今、社内飲み会を積極的に開く会社も出てきています」
埼玉県戸田市の居酒屋。明日香がのぞくと、システム開発の日立ソリューションズが本社の役員・本部長を含む約10人で飲み会を開いていた。同社は07年度から、役職が2つ上の管理職との飲み会で1人3000円を負担している。育児・介護で参加できない人には昼食会で対応、離職率は当時の5%台から現在は1%台に下がり、業績も拡大基調が続く。今年度からは本社の幹部が本社以外の拠点に行く飲み会を徹底している。
本音引き出し結束高める
この日出席した本社金融システム事業部の第1本部長、佐藤善和さん(54)は「酒を飲んで鎧(よろい)を外すことで、本音で言ってくれる社員も多いです」と強調。飲酒は週1回という関谷邦昌さん(34)は「普段は外回りで会社にあまりいません。飲み会は自分のことを知ってもらえ、執行役員や本部長の考えも聞けるので良い機会です」。
名刺管理ソフトのSansan(東京・渋谷)は開発や企画、営業など部署連携のため、他部署の社員を含む3人以内で飲み会を開くと1人3000円を支給する。業務企画グループの石野真吾さん(26)は「自分から積極的に呼びかけ、フル活用しています。関係部署の意見を聞けるので、日中の業務でも提案しやすくなりました」と話す。
明日香が首都大学東京の准教授、西村孝史さん(38)を訪ねると「組織行動論では人材の多様化が進み、社員同士の信頼や情報共有といったソーシャル・キャピタルをいかに確保するかが重要課題です」と指摘。「一体感が必要な職場では飲みニケーションで相互協力の意識を高める効果が期待できます」
西村さんはイタリアのボッコーニ大学のジュゼッペ・ソーダ教授らの研究に注目する。公式と非公式の関係が一致する場合、つまり、非公式の場でも上司に相談できる場合、個人の業務成果は上がるという。「職場で非公式の関係が薄い場合は、職場以外の独自のネットワークの活用で業務成果は上がりますが、次第に職場の協力関係が減り、業務成果は下降します」と西村さんは解説する。
非公式コミュニケーションに詳しい北陸先端科学技術大学院大学の教授、西本一志さん(52)に会うと、「人間は普段、1.5人分ぐらいの考え方ができますが、潜在的には4.5~5人分の考え方が眠っています。飲酒はその『タガ』を外してコミュニケーションを活発にし、はじけたアイデアを生む可能性を秘めています」と教えた。
アサヒビールの調査では「酒宴で人とのつながりが強まった」との回答は、04年の69%から13年に76%に増加。「公私を問わず、つながりを大事にする人の飲酒はなくなりません」とマーケティング企画部の担当部長、火置恭子さん(44)は強調した。
一方、『組織の重さ』を著書に持つ一橋大学教授の加藤俊彦さん(46)は「なれ合いが強すぎると意思決定に時間がかかるなど弊害が生じます。こうした『重い』企業は業績にマイナスの影響をもたらします」とクギを刺した。
事務所で報告した明日香が「私のお酒もつながり重視の証拠です」と話すと所長がニヤリ。「わしの財布が目当てだってことはお見通しだよ」
過剰飲酒は損失4兆円
行動経済学では、飲酒習慣のある人は、現在の利益を将来の利益より優先させる場合があると考えられている。翌日の早朝に大事な会議があるにもかかわらず、目先の満足を優先させ飲酒するケースなどが当てはまる。
将来の健康を害するにもかかわらず喫煙してしまうのと同様だが、京都大学の依田高典教授(49)は「飲酒は喫煙よりも自制(セルフコントロール)が利く点が特徴だ」と指摘する。
依田氏が飲酒頻度について(1)毎日(2)週1~数回(3)全く飲まない――に分類して自制の度合いを調べたところ、毎日飲む人が最も自制が弱く、次いで全く飲まない人、週1~数回飲む人は最も自制が強い結果となった。「休肝日を作れる自制の強い人は、仕事についても先延ばしなどせずに効率的に行えることを示している」という。
厚生労働省の研究班の推計では、不適切な飲酒による社会的損失は年間4兆1483億円。内訳は医療費1兆101億円、死亡による労働損失1兆762億円、労働生産性低下による損失1兆9700億円だった。
日本人の約半数は飲酒に適さない体質といわれる。最近は女性の飲酒者が増え、アルコール依存症の女性も増えている。依田氏は「どの程度の飲酒習慣から労働生産性を低下させるのかなどの分析は、経済学の今後の課題だ」と話している。
(経済解説部 福士譲)
[日本経済新聞朝刊2014年7月29日付]