春秋
中島みゆきさんに「紫の桜」という曲がある。南半球の大陸や南洋の島で咲くジャカランダの樹に、大切な思いを託する心情を歌い上げる。~忘れてしまえることは忘れてしまえ。忘れきれないものばかり、桜のもとに横たわれ。抱きしめて眠らせて、彼岸へ帰せ……。
▼安倍晋三首相が外遊の最後に訪れた豪州のブリスベンは、その紫色であふれていた。日本人と桜に似て、この国ではジャカランダが新しい季節の到来を告げる。学期末の試験が始まり、その後に太陽の夏と年末休暇がやって来る。豪州で沈黙を守った首相も、胸中では変化の嵐を起こすボタンに指をかけていたに違いない。
▼きょう首相が衆院を解散する。政治家は慌ただしく全国に散り、地元の一票を懇願して街頭で叫び始める。けれども演説で、いったい何を訴えるのだろう。何を有権者に問う戦いなのだろう。吹き荒れる旋風のその先に、たしかに実を結ぶ政策が待っているのか。国民の幸せを願う真心が、政治の側からは伝わってこない。
▼時をリセットするように咲き誇るジャカランダの大木を撮った。迫力のない一枚になってしまった。淡い紫色が青空に溶け、焦点がぼけているのだ。歌はこう続く。~別れを告げて消えてゆくものはない。思いがけないことばかり。残されることが生きること――。思いがけない選挙に、国民は驚いてばかりもいられない。