なぜDeNAに? キューバからグリエル獲得の舞台裏
編集委員 鉄村和之
「投手力が弱いのは分かっている。でも、ナンバーワンの選手がほしかった」。DeNAの池田純球団社長はキューバのユリエスキ・グリエル内野手の獲得の理由を聞くと、何度も繰り返した。ワールドベースボールクラシック(WBC)などでも活躍し、現在のキューバ最高の選手ともいわれる。キューバ政府がプロスポーツ選手の海外移籍を認めてから、日本球界にやってくるのは巨人のフレデリク・セペダに次いで2人目だ。長嶋茂雄監督時代の1990年代からキューバと関係を築いてきた巨人と違って、DeNAがどうやってグリエルを獲得できたのか。池田球団社長が明かした獲得の舞台裏は……。
■広島のエース前田と対戦したい
「小さい頃から完璧な選手を目標にプレーしてきた。すべての力を出し切って、チームのクライマックスシリーズ(CS)進出の力になりたい」。2日、横浜市内のホテルで入団記者会見に臨んだグリエルは力強く抱負を語った。そして、日本球界の印象を問われると「WBCなどを通じて、日本は世界有数のレベルだと感じていた」と語り、対戦してみたい投手として広島のエース、前田健太の名を挙げた。
キューバ代表の中心選手として過去3回のWBCや2004年のアテネ五輪、08年の北京五輪などで活躍。このほど終えたキューバの13~14年シーズンでも本塁打(16本)と打点(69打点)の二冠に輝いた。29歳と今まさに脂ののりきった内野手は「もし大リーグのドラフトにかかれば間違いなく上位で消える選手」といわれる逸材だ。
キューバ選手の"国外プロ球団の解禁"はこれまでも何度も実現の可能性がささやかれては消えてきた。02年にオマール・リナレスが中日入りしたことはあるが、これはあくまで特例で引退間近な功労者に対して認可した面が強かった。これまでキューバの選手が大リーグなど国外のプロ球団でプレーしようと思えば、亡命しか手段はなかった。
■長嶋監督が90年代に獲得に興味
巨人はかつて90年代に長嶋監督がキューバ選手の獲得に興味を持ち、それ以降、キューバからコーチ研修を受け入れるなど地道に関係を築いてきた。今回、キューバの主砲であるセペダの獲得が決まったとき、長嶋終身名誉監督は「20年来の希望がようやく実現した」とコメントしたそうだ。
こうした交渉の歴史もなかったDeNAが、なぜグリエルを獲得できたのだろうか。DeNAがキューバ側と最初に接触したのは昨年12月だったという。
■飛び込み営業のようだった
大リーグの関係者が一同に集まってフリーエージェント(FA)選手の獲得やトレード交渉などが行われるウインターミーティング。昨年は12月9日からフロリダ州のオーランドで開催されたが、それに出席する前に池田球団社長と国際関係の担当者がキューバに立ち寄ったのが第一歩だった。
実はキューバに立ち寄る前にドミニカ共和国も訪ねている。もしも、ドミニカ共和国で素晴らしい外国人選手が獲得できていれば、今回のグリエル獲得はなかったかもしれない。しかし、ドミニカ共和国には大リーグのアカデミーがあったり、いい選手には代理人がついていたりして、「ここには開拓の余地はない」と池田球団社長は感じたという。
そこでキューバに向かったわけだが、どうやって交渉したらいいかの情報も全くなかった。かろうじて最初の窓口となる人物だけが分かっているだけ。「まさに飛び込み営業のようだった」と池田球団社長は振り返る。
だが、そのように「情報がないからこそ、逆に可能性がいっぱいあるのではないか」という半ば確信に近い思いがあったそうだ。「ほかのどこに行っても、ナンバーワンの選手を獲得できる見込みはまったくない。でも、キューバはWBCなどの国際大会の活躍でその実力は知れ渡っているのに、どこも動いている気配がない。かろうじて巨人だけ。情報がまったくないからこそ、ナンバーワンの選手が獲れるかもと思った」と同球団社長。
■「ナンバーワンの選手がほしい」
わずか3日間の滞在だったが、幸運にもキューバの球界関係者や政府高官にも会うことができ、キューバ側が本気で選手を国外に送り出したいと思っていること、さらにどういうレベルの選手を送ろうと考えているかについて把握できたという。
帰国後もメールなどでやりとりが続き、キューバ側が「獲得を希望する選手のリストを出してほしい」といってきたときも、DeNA側が伝えたのは「ナンバーワンの選手がほしい」ということだけ。そうしたやりとりの中でグリエルの名が浮上してきたという。
昨年、8年連続のBクラス(5位)に終わったDeNA。ブランコを中心にした打撃には破壊力があるが、チーム防御率がセ・リーグ最悪の4.50だったことを考えれば投手の補強が急務なのは明らかだ。
■好投手が米国に亡命、大リーグへ
だが、近年のキューバでは好投手が米国に亡命して大リーグに行ってしまうため、投手のレベルが下がっているといわれている。04年のアテネ五輪など過去3回の五輪で金メダルに輝いた野球大国も09年、13年のWBCでは2大会連続2次リーグで敗退。近年の国際大会での成績があまり振るわないのは投手力の低下が一因なのかもしれない。
「本当は投手が……ということは分かっている。でも、野手なら限りなく世界のナンバーワンに近い選手が獲れる。だからグリエルということになった」と池田球団社長。「キューバが選手の国外移籍解禁の方針を打ち出してから、うちが一番熱心にキューバ側と交渉した。真摯に対応したから、キューバ側もグリエルを出してくれることになったんだと思う」と話す。巨人も獲得候補の1人に挙げていたともいわれるが、ナンバーワンの選手の獲得を目指した強い思いがキューバ側に伝わったといえる。
5月上旬にキューバに再度渡って、グリエル側と正式契約を結んだ同社長。グリエルとはそのときに初めて会って、食事などをともにしたとそうだが、そのときの印象はどうだったのだろうか。
■研究熱心、全投手のビデオ要望
「ラテン系のもっと陽気な人なのかなと思っていたが、すごく素朴。あまり口数も多くなかったですね。でも、日本の野球の話になるとすごく一生懸命に聞いてくる。たとえば日本の球場では選手がバッターボックスに入るときにテーマソングが流れるじゃないですか。そういうこととか、ナイターやデーゲームの開始時間だとか。プロ野球の選手名鑑を渡したら、ずっと食い入るように見ていました」
「日本の投手の話をすると、武者震いではないですが、指をポキポキって鳴らすんですよね。オレは打ってやるんだぞ、みたいなものがグッと伝わってきました。『投手のビデオがほしい』というので、どういう選手がいいかと聞くと『全部ほしい』って。とにかく野球に対して熱心ですね」
グリエルが日本でも成功するカギは、いかに日本の生活に順応できるかだろう。キューバのスポーツ庁関係者からも「野球に集中できる環境、準備を」と頼まれているそうだ。グリエルの母親は「くれぐれもコメと豆だけはお願いします」と食事の面を心配していたそうだ。
■キューバ料理のレシピ学ぶ
キューバ産のコメは日本のとは違いパサパサしていて、食感が違う。DeNAでは早速こうしたコメの入手先を探すとともに、東京都内のキューバ料理店に出向いてキューバ料理のレシピを教えてもらうなどサポート体制を整えつつある。
グリエルの父親のルルデス氏も92年のバルセロナ五輪でキューバ代表として金メダルに輝いた有名な選手で、日本の社会人野球のいすゞ自動車などでもプレーしたことがある。グリエルは父親から「日本人は勤勉で、野球のプレーにもそうした勤勉さが表れている」とアドバイスをもらったそうだ。グリエルにとって、こうした"日本通"の父親がいることは、大きなアドバンテージになるに違いない。
「プレーしているときの立ち姿が素晴らしい。ものすごく絵になる」と池田球団社長がほれ込むグリエル。交流戦で巻き返しつつあるが、21勝30敗でセ・リーグ最下位(2日現在)に沈むチームを「とにかく変えてもらいたい」と期待する。
■活躍次第で若手選手続く可能性も
走攻守三拍子そろったキューバの至宝は日本でどんなプレーを見せるだろうか。キューバは名前も知らない有望選手が埋もれている未開の宝庫。グリエルの活躍は後に続こうとする若いキューバ選手の「日本球界への扉を開く」ことにもなる。