国立劇場10月公演「双蝶々曲輪日記」
序幕で人模様整理 手際よし
国立劇場で「双蝶々曲輪(ふたつちょうちょうくるわ)日記」を出すのは3回目だが、通し上演といっても原作のどの場を選ぶかによってコンセプトが定まる。今回は幸四郎が濡髪(ぬれがみ)、染五郎が放駒と与五郎、与兵衛の3役を演じるが、この4人とそれにまつわる人物の関係を序幕「新清水」を出して明確に示し、「米屋・難波裏」と「引窓」で二人の力士と与兵衛一家のドラマを明晰(めいせき)に浮かび上がらせた。上演時間わずか35分の序幕に人物と筋の経緯を整理した手際は十分に認めてよい。これが成功の第1。
成功の第2は、幸四郎と染五郎が4人の人物を程よく肉付けして息を吹き込んだ好演にある。いたずらに肥大化せず、生きた人物としてストーリーの上に息づいているのが通し上演にふさわしい。濡髪は「角力(すもう)場」と「引窓」では個々に出す場合は人物像に落差があるが、「米屋・難波裏」を間にしてひと流れの物語として見えるのは幸四郎の演技にその配慮があるからだ。
染五郎の演じる3役も早変わりの面白さより人物の性根に重きを置いて、それぞれの人物像を演じ出している。特に与兵衛は「新清水」と「引窓」では性格が異なるのを一貫させたのは褒められてよい。将来、「引窓」を一幕物として演じる際にこの経験をいかに生かすかに興味が持たれる。
「引窓」の女房お早も序幕では女郎の都であり、芝雀もそこを踏まえて演じている。魁春の放駒の姉おせき、東蔵の濡髪の母お幸も、登場するのは一幕だけだが、通し上演としての配慮の下に勤めている。平素は物堅い侍役の多い松江が敵役の番頭・権九郎に取り組んで努力賞もの。近年の国立劇場の通し上演の佳作として推奨しよう。27日まで。
(演劇評論家 上村 以和於)