シャッター街ににぎわい呼ぶ 下野新聞のカフェ支局
ブロガー 藤代裕之
栃木県宇都宮市中心部のオリオン通り商店街。かつては県内一の集客力を誇ったが、郊外のショッピングセンター開設などで空洞化した。その中心に2年前、地方紙下野新聞が日本初のニュースをテーマにした常設カフェ「NEWS CAFE」を開設した。新聞が読めるカフェと支局を組み合わせたユニークな施設により、シャッター街だったアーケードに、にぎわいが戻り始めた。
どまんなかに支局
東武宇都宮駅を降り、アーケードを歩いて数分で「NEWS CAFE」にたどり着く。地元の名産益子焼を使った外装、紙面が店頭に提示されていなければ新聞社が運営しているようには見えない。建物は以前マクドナルドとして使われていた。隣は撤退した109宇都宮店の跡地を再開発した広場オリオンスクエアで、まさに宇都宮のどまんなかにある。
1階と2階がカフェ。各テーブルに下野新聞が置かれており自由に読むことができる。過去1カ月のバックナンバーをそろえて販売したり、電子看板(デジタルサイネージ)で主要ニュースを放送したりしている。2階では展示やコンサートといったイベントや会議、講座も開かれる。3階には、まちなか支局があり、記者2人が常駐する。
かつては8店舗もの百貨店や大型店があった中心部だが、02年に西武百貨店、03年にロビンソン百貨店と撤退が相次いだ。さらに、足利銀行が経営破綻した。地域経済の疲弊で、アーケード街の人通りも減り、シャッターを降ろす店舗が増えた。
田中勝・宇都宮まちなか支局長は、市役所や警察の取材を経験し、運動部デスクから赴任したベテランだ。「紙面では、百貨店の撤退、マクドナルドや吉野家といったファストフードの閉店という話ばかり扱っていた。商店街に支局開設の挨拶にいくと、何をしにきたのだと店先で説教をくらった」と振り返る。
みこしを担ぐ支局長
下野新聞が「NEWS CAFE」を作ることになったきっかけは、宇都宮市内の購読者増と競合する全国紙の地域情報拡充への対抗だ。取材力を高めるために12年4月に支局が先行オープン、6月にはカフェ部分が完成した。カフェは地域貢献推進室が担当し、運営は関連会社に委託。オリジナルドリンクの開発なども行う。
支局が担当するのは、宇都宮市の中心市街地活性化指定区域で半径約3キロ。記者は、徒歩と自転車で街をまわる。毎週日曜日付けの「みやもっと面」(見開き2ページ)に記事を書く。支局がない時は、市役所の記者クラブがカバーしていたため、発表中心になりがちだったが、商店街の出来事やイベントを丹念に拾うようになった。支局長はゴミ拾いに参加し、祭りがあればみこしも担ぎ、その様子を署名記事で書く。フェイスブックやツイッターも支局異動をきっかけにやり始めた。カフェのお知らせ、イベントの中継も行う。
14年8月末までのカフェ来店者は累計4.5万人。カフェで行うイベントは、12年は170回、13年は209回を数える。イベントは、ニュース価値があれば、みやもっと面で取り上げる。石崎公宣NEWS CAFE館長は「若者がカフェを利用することで新聞に触れてもらえる機会が増えた」という。新聞社から飛び出したことで、情報と人の交差点が生まれた。
通行者数が増加
宇都宮市が行った「商店街通行量・来街者実態調査」によると、オリオンスクエア前の通行者数は10年の9,675人から13年には11,366人に増加した。90年代の通行量は3万人のため十分とはいえないが、反転の兆しが見えてきている。下野新聞社による調査でも、来店者の7割が市街地の活性化に効果があると回答した。
「栃木県は4分の1が宇都宮市民。昔はなにかあれば宇都宮に遊びに行くという雰囲気があった。取り組みを紙面で紹介すると、イベントもあるなら久しぶりに行ってみようかとなるようだ」と田中支局長は理由を推測する。
3年目に入り、課題も見えてきた。それは取材対象との距離感だ。「新聞は親しみやすくなった一方で、カフェでイベントをすれば必ず紙面で掲載してくれるという話も聞くようになった。商店街や中心部の再開発の課題についてもきちんと踏み込んでいかなければいけない」。いくら支局が後押ししても、商店街そのものが盛り上がり、人々が集まり、ニュースが生まれるようにならなければ、支局から発信する記事も面白くならない。地域メディアは適切な批判を行う役割も担わなければならない。
栃木全県に展開できるか
下野新聞はスマートフォンアプリでも地域との関わりを深めている。11年に制作した「宇都宮餃子ナビ」は名物のギョーザ店を検索できる。ウェブサイトや紙面広告では浜松と争う「宇都宮餃子日本一奪還計画」も展開する。14年4月には紙面を見るためのアプリ「下野新聞プラスNAVI」を公開、ダウンロードは1万に達している。
アプリの狙いは既読者対策とファンづくり。「アプリは既読者でなくてもダウンロードできる。見出しを見てくれて栃木の情報があると思ってほしい」とデジタル推進室の角野裕之氏。「栃木県民だと思わなければ、下野新聞は読まない。紙だけでなく、色々な手段でアプローチする必要がある」という。
宇都宮市中心部を盛り上げながら、栃木の一体感を保つことを両立させるには困難が伴う。県の南部の小山、佐野、足利などは首都圏に目が向く。西部は群馬との関係も深い。例えば、足利からは宇都宮に移動するよりも、首都圏へのアクセスが良い。足利では「宇都宮のニュースは多いが、足利のニュースは少ない」との声も聞いた。まちなか支局を他地域にも展開してほしいとの声があるが、「宇都宮は昔行ったという記憶があったから人を戻すことができるのだろう。他地域は状況が違い、同じやり方では成果がでないのでは」と田中支局長は分析する。
下野新聞は、カフェ、支局、アプリ、紙面と多様な取り組みを行うが、まだ十分に連携しているとはいえない。コンテンツを掘り起こし、どう提供していくのか、地域メディアとしての模索が続く。
ジャーナリスト・ブロガー。1973年徳島県生まれ、立教大学21世紀社会デザイン研究科修了。徳島新聞記者などを経て、ネット企業で新サービス立ち上げや研究開発支援を行う。法政大学社会学部准教授。2004年からブログ「ガ島通信」(http://gatonews.hatenablog.com/)を執筆、日本のアルファブロガーの一人として知られる。