地球温暖化の影響? 千葉の海でクマノミやサンゴ
千葉・館山の無人島に色鮮やかな魚
「都会からこんな近いところで、色鮮やかな魚が見られるとは」。東京から初めて来たという男子大学生(21)は驚く。「群れて泳ぐ青い小魚を手でつかまようとしたんですが、すばしっこくて」
ここは房総半島、千葉県館山市沖ノ島。東京湾の入り口にあり、熱帯魚が楽しめる場所として人気が高まっている無人島だ。
島といっても半島とは砂浜でつながっている。周囲は1キロメートルほど。岩場もあり、磯遊びもできる。夏の週末には150台分の駐車場がいっぱいになる。
「シュノーケリングで泳ぐと、青いソラスズメダイやしま模様のツノダシなど暖かい海にいる様々な魚を見ることができます」と、NPO法人、たてやま・海辺の鑑定団(館山市)理事長の竹内聖一さん。10年前からこの島で、シュノーケリング体験プログラムなどを実施してきた。運がよければ、クマノミにあうこともある。
北限のサンゴ、南国風の貝殻も
ちなみに、日本にいるクマノミは6種類。館山で見られるクマノミは、アニメ「ファインディング・ニモ」でその名が広まった「カクレクマノミ」とは別種だ。専門家によるとニモのモデルは学術的にはカクレクマノミではなく、よく似た「クラウンアネモネフィッシュ」という魚だそうだ。
沖ノ島はサンゴ北限の地としても知られる。浅いところでは岩のようなイボサンゴやキクメイシの仲間、少し深いところに行けば枝状のミドリイシ系など、全部で30種類ほどが確認されている。「房総の他の海と比べてサンゴが浅いところにいるのが特徴です」(竹内さん)
海岸に打ち上げられる貝殻も南国風だ。その代表が沖縄などでもよくみる表面がつるつるしたタカラガイ。南房総では約50種類が見つかっている。
館山は映画「グラン・ブルー」のモデルとなった素潜りの達人、ジャック・マイヨールが晩年の一時期を過ごした場所としても有名だ。沖ノ島から西に数キロメートル、坂田(ばんだ)地区の別荘で暮らしていた。世界の海好きが注目する海ともいえる。
三浦半島や江ノ島でも熱帯魚
沖ノ島だけでなく、熱帯魚がいる海は東京の近くにも意外と多い。
「外房の千葉・勝浦あたりから三浦半島まで様々なところで見ることができます。江ノ島にもいますよ。魚の種類もチョウチョウウオ、キンチャクダイ、スズメダイ、クマノミなど様々です」
こう説明するのは磯遊び歴45年を誇る、水族館グッズなどを製造販売するマメチ・プロダクション(埼玉県越谷市)代表のさとう俊さん。作家の荒俣宏さんらと一緒に高校生のころから神奈川や千葉の海で珍しい魚を探すのを趣味にしており、荒俣さんと「磯あそびハイパーガイドブック」などの本も出している。海に入らなくても、岩場の潮だまり(タイドプール)でも発見できるという。
サンゴも伊豆から房総にかけて広く分布
サンゴはどうか。NPO法人、OWS(東京・渋谷)では「北限域の造礁サンゴ分布調査プロジェクト」と名付け2008年から首都圏近郊のサンゴについてモニタリング調査をしている。房総半島のほか、葉山や城ケ島など三浦半島でも見つかっている。
サンゴにもいくつか種類があり、この調査が対象とするのは「造礁サンゴ」と呼ぶ種類。骨格の成長が速く、サンゴ礁を形作る能力があるサンゴを指す。「ただ、造礁サンゴといってもサンゴ礁はありません。中には小さな部屋ぐらいの大きさの群落はありますが、多くは単体で生息しています」(代表理事の横山耕作さん)
熱帯魚やサンゴといえば、伊豆半島も忘れてはいけない。西側の田子(西伊豆町)、東側の富戸(伊東市)、南端の中木(南伊豆町)など各所で観察できる。
黒潮で運ばれる卵や幼魚
南の島でもないのに、相模湾や房総半島になぜ熱帯魚がいるのだろう。「日本列島の南岸に沿って北に向かって流れる黒潮に卵や幼魚が運ばれてきているようです」と、さとうさん。ただ、寒さには耐えられないので冬の間に多くが死んでしまう。こういった魚を総称して「死滅回遊魚」と呼んでいる。
卵や幼魚としてやってきて、夏の暖かな海で大きく成長する。夏の早い時期ではまだ小さかったり、深いところに潜んだりしており、岸に近いところではあまり見られない。海の中の夏は陸上より遅いため、8月から秋にかけて増えるところが多いようだ。
年によっても異なる。今年(2014年)は大雪が降るなど寒かったせいか、冬を生き延びた熱帯魚が少なく、全般的に現れるのが遅れている。沖ノ島でも今年は7月15日時点ではまだクマノミを見かけないという。
それにしても、熱帯魚は沖縄からはるばる流れてくるのだろうか。
海水温が上昇、クマノミは産卵する姿も
「仮説段階ですが、四国や紀伊半島など屋久島以北の海からやってきているのではないかと考えています」
死滅回遊魚に詳しい神奈川県立生命の星・地球博物館(小田原市)の企画普及課長(学芸員)、瀬能宏さんの解説だ。黒潮の流れ方から考えると沖縄から直接来る魚は少ない。まず沖縄などから四国などに流れ着いた魚が現地で繁殖。次に紀伊半島、伊豆半島と順に流れてきているのではないかと推測している。
地球温暖化の影響はどうか。瀬能さんによると、魚についてはまだわからないことが多い。様々な要因で魚の種類や数は大きく変わるうえに、漁業対象魚と違って数を把握しにくい。特定域の海水温と温暖化の関係もイコールではない。「ただ、年によって違いますが、海水温の上昇で冬を生き延びる魚は増えています」。越冬だけでなく、伊豆ではクマノミが産卵する姿も確認されている。
熱帯性の魚の生死を分ける海水温はセ氏15度。年間で最も冷たくなる相模湾の2月の平均水温は過去30年ほどの間に1度近く上昇し、15度まできた。あと1~2度上がれば、海の中の様子が劇的に変わる可能性もあるという。
サンゴの分布、1年に14kmの速さで北上
一方、国立環境研究所地球環境研究センターが日本の8海域を調べたところ、サンゴの分布が海水温上昇に伴い北上していることがわかった。拡大スピードは年に14キロメートル。千葉でも最近、館山より少し外房側でサンゴが見つかった。
もっとも、熱帯魚やサンゴがいるといっても沖縄などに比べると少ない。安全に効率よく楽しむには地元のシュノーケリング体験ツアーなどに参加するのが、おすすめ。フローティングベスト(浮遊補助具)を身につけるのも忘れないようにしたい。
身近なビーチにいる熱帯性の生きものたち。今年一緒に見に行った子供が親になるころには、南国の海のようになっているかもしれない。 (田久保憲司)